申のお話し

◯サルカニ合戦

むかしむかし、カキの種(たね)をひろったサルが、おいしそうなおにぎりを持ったカニに、ばったりと出会いました。  サルはカニのおにぎりが欲しくなり、カニにずるいことを言いました。 「このカキの種をまけば、毎年おいしいカキの実がなるよ。どうだい、おにぎりと交換してあげようか?」 「うん、ありがとう」
 カニは大喜びで家に帰り、さっそくカキの種をまきました。  そして、せっせと水をやりながら、
♪早く芽を出せ、カキの種
♪早く芽を出せ、カキの種
♪出さねばはさみで、ほじくるぞ
 すると、どうでしょう。  さっきまいたカキの種から芽が出てきて、ぐんぐん大きくなりました。
♪早く実がなれ、カキの木よ
♪早く実がなれ、カキの木よ
♪ならねばはさみで、ちょん切るぞ  こんどはカキの木に、たくさんのカキが実りました。 「よし、これでカキが食べられるぞ」
と、カニはカキの実を取りに行こうとしましたが、カニは木登りが出来ません。 「どうしよう?」
 困っていると、さっきのサルがやってきていいました。 「ありゃ、もうカキが実ったのか。よしよし、おいらが代わりにとってやろう」
 サルはスルスルと木に登ると、自分だけ赤いカキの実を食べ始めました。 「ずるいよサルさん、わたしにもカキを下さい」
「うるさい、これでもくらえ!」
 サルはカニに、まだ青くて固いカキの実をぶつけました。

「いたい、いたい、サルさんずるい」
 大けがをしたカニは、泣きながら家に帰りました。  そして、お見舞いに来た友達の臼(うす→もちをつくる道具)とハチとクリにその事を話しました。  話しを聞いたみんなは、カンカンに怒りました。 「ようし、みんなであのサルをこらしめてやろう」
 みんなはさっそくサルの家に行き、こっそりかくれてサルの帰りを待ちました。 「おお、さむい、さむい」
 ふるえながら帰ってきたサルが、いろりにあたろうとしたとたん、いろりにかくれていたクリがパチーンとはじけて、サルのお尻にぶつかりました。 「あちちちっ、水だ、水」
 お尻を冷やそうと水がめのところへ来ると、水がめにかくれていたハチにチクチクと刺されました。 「いたいっ、いたいよう、たすけてぇー!」
 たまらず外へ逃げ出すと、屋根の上から大きな臼が落ちてきました。  ドスーン!
「わぁー、ごめんなさーい、もう意地悪はしないから、ゆるしてくださーい!」
 それから改心(かいしん)したサルは、みんなと仲良くなりました。


◯サルとカメ

インドネシアの昔話
むかしむかし、あるところのお話です。
 あたたかいお日さまがしずんだあと、急に冷たい雨がふってきました。  それまでいっしょに遊んでいたサルのクラーとカメのラオングは、あわてて近くの木の下に逃げ込みました。 「ブルブルブルー、なんて寒いんだ」
 クラーがふるえながらそういうと、ラオングも口をとがらせて、 「ほんとうだね。ブルブルブルー」
と、いいました。 「なあ、カメさんよ、明日は木を一本倒して、その木の皮で服を作ろう」
「それは良い考えだ。こう寒くては、あたたかい服がいるもんな」
 さて、つぎの日になりました。  雨はすっかりあがって、お日さまの光がいっぱいの、とてもあたたかい日になりました。  日なたぼっこをしていたラオングは、木の上で昼寝をしているクラーに声をかけました。 「いい気分だね。サルくん」
「うん、とびきりすてきな気分さ。ところでカメさん、昨日の約束の上着はどうするの?」
「こんなにいい天気なのに、なんで上着がいるんだい。明日つくりゃあいいさ」
「それもそうだね」
 こうしてクラーとラオングは、一日じゅう日なたぼっこをしてすごしました。  ところが夕方になると、急につめたい風がふいてきて、雨がふってきました。  クラーとラオングは、 「ブルブルブルー、寒いよ」
「ブルブルブルー、明日は上着をつくろうよ」
と、ふるえながら約束しました。  でも、つぎの日になると、またのんびりと日なたぼっこです。  そして夕方に雨が降ると、またふるえながら、明日こそは上着をつくろうといいます。  また次の日も、また次の日も、昼間はひなたぼっこをして、夕方の雨でブルブルとふるえています。  はやく、服を作ればいいのにね。


◯熊野参り

和歌山県の民話
むかしむかし、サルがカエルのところへやってきました。
「カエルどん、カエルどん、一緒に熊野参り(くまのまいり)に行かないか?」
「いいとも。わしも、一度は行きたいと思っていたところだ」
 そこで二人は、さっそく熊野参りに出かけました。  熊野参りというのは、熊野の権現(ごんげん)さまという神さまにお参りすることで、むかしから大勢の人が出かけたのでした。  ところがサルとカエルでは、足の速さが違います。  カエルが夢中で歩いても、すぐにサルにおいていかれます。  そこである日、カエルが言いました。 「サルどん、どうだろう。交代でおんぶしながら行っては」
「なるほど、それなら一緒に行けるというわけだ。よし、お前が先にのれ」
 サルはカエルをおんぶすると、ピョンピョンと飛ぶように駆け出しました。 (ああ、らくちん、らくちん。しかし、このまま熊野まで行くいい方法はないものか?)
 カエルはサルの背中で、あれこれと考えました。  そのとき、サルが立ち止まって言いました。 「ああ、くたびれた。カエルどん交代してくれ」
 カエルはしかたなく、サルを背中にのせました。  でも小さなカエルでは、サルをおんぶして走るのはたいへんな事です。  そこでカエルは、 「サルどん、うんと飛ばすから上を向いてくれ。下を向くと落っこちるからね」
と、言って、サルは言われたとおり、上を向きました。  すると風が吹いてきて、空の雲が飛ぶように流れていきます。 (ほほう。カエルも、なかなかよう走るわい)
 サルはすっかり感心して、流れる雲を見ていました。  でもカエルは、その場でジッとしたまま、全く動きません。  しばらくたって、カエルが言いました。 「さあ、おりてくれ、交代だ」
 サルがおりてみると、さっきと同じ場所です。 「なんだ、ぜんぜん進んでいないぞ」
「バカな事を言うな。熊野に行くまでには、同じような場所が七ヶ所もあるんだぞ」
「なるほど。あれほど走ったのに、確かにさっきの場所とそっくりだな」
 サルはカエルをおんぶすると、またピョンピョンとかけました。  このようにして、カエルは交代するたびにサルをだまして、とうとう一歩も歩かずに、熊野参りをすませたという事です。


◯サルの王さま

インドの昔話
むかしむかし、インドのガンジス川のほとりに、たくさんの実がなった一本のマンゴーの木が生えていました。
 そのマンゴーの実のおいしさといったら、一度食べたら一生忘れられないほどです。  ある時、サルたちがマンゴーの実を食べにやってきました。 「ああ、なんてうまい実だろう」
「こんなにおいしい実は、はじめてだ」
 むちゅうで食べているサルたちを見て、王さまザルは考えました。 (こんなにうまいマンゴーの実が川に落ちて、人間たちのところへ流れていったら、人間たちが取りに来るだろう。それはまずいな)
 王さまザルは、すぐにサルたちを集めて言いました。 「川の上にのびた枝になっている実は、1つ残らず取ってしまいなさい」
「はい、王さま」
 サルたちは、さっそくいわれたとおりにしました。 「よしよし、これで安心だ」
 ところがサルたちは、たった1つの実を見落としていたのです。  その実はあまくうれて、ある日、ポタリと枝から川へ落ちました。  マンゴーの実は、そのまま人間がくらしている町まで流れていきました。 「おや? これはこれは、実にみごとなマンゴーの実だ」
 漁師(りょうし)はマンゴーの実をアミですくい上げると、王さまのところへ持って行きました。 「ほう、これはすばらしい。こんなにうまいマンゴーははじめてだ」
 すっかり気に入った王さまは、家来を引き連れてマンゴーの木を探しに行きました。  いく日かたって、王さまはついに、あのマンゴーの木を見つけました。 「あったぞ。すばらしい、あんなに実がなっている」
 王さまたちは、いそいでマンゴーの木にかけよりました。  ところが木のそばまで行くと、たくさんのサルがマンゴーの実をおいしそうに食べているではありませんか。 「王さま、どういたしましょう?」
「むむ、サルのくせになまいきな。矢でうちおとしてしまえ!」
 家来たちはさっそく、サルたちめがけて弓矢を放ちました。  それに気づいたサルたちは、王さまザルのところへ知らせに行きました。 「たいへんです! 人間たちが、私たちを殺そうとしています」
「あわてるな、わたしにまかせなさい」
 王さまザルはマンゴーの木に登ると、飛んでくる矢を長いしっぽと手を使って打ち落とし、仲間のサルたちを助けました。 「さあ、いまのうちに逃げなさい」
 サルたちは、つぎつぎに逃げていきましたが、みんなが逃げるまでは、まだ時間がかかります。  やがて王さまザルのからだに何本も矢がささりましたが、王さまザルはがんばって、仲間のサルたちを守りました。  それを見ていた人間の王さまは、家来たちに矢を打つのを止めさせました。 「まて、矢を打つのを止めるのだ。それより、あの王さまザルをここへ連れてきなさい」
 家来たちは、傷ついて動けなくなった王さまザルを連れてきました。  人間の王さま、王さまザルにたずねました。 「なぜ、自分の体を痛めてまで、仲間を助けたのかね?」
 王さまザルは、苦しい息をはきながら答えました。 「わたしは王です。仲間のサルたちを守るのが、わたしのつとめです」
「おお、なんとりっぱなサルだろう。わたしも見習わなければ」
 感動した王さまは、王さまザルの手当をしてやると、マンゴーには一切手をつけず、そのまま自分の国へ帰っていきました。  それからは、どんなときでも人びとの幸せを一番に考える、心やさしい王さまになりました。


◯クラゲのお使い

 むかしむかし、深い海の底に竜宮(りゅうぐう)がありました。
 ある日の事、病気のお后(きさき)が、急にサルのきもを食べたいと言い出しました。  サルのきもは、どんな病気でも治すと言われているからです。
 そこで王さまは、クラゲにサルのきもを手に入れてくるように命じました。  命じられたクラゲは張り切って、海の底からサルがたくさん住んでいるサルが島へやって来ました。  ちょうど一匹のサルが、波打ち際で遊んでいます。
「よう、サルさん、こんにちは」
「おや、クラゲくん、いい天気だね」
「ねえ、サルさん。きみ、竜宮へ遊びに来ないかい? とってもいい所だよ」
「竜宮! 行く行く! ・・・でも、駄目だよ。ぼくは泳げないんだもの」
「それなら大丈夫さ。ぼくの背中に乗せていってあげるよ」
「本当かい、うれしいなあ」
 サルは、すぐにクラゲの背中に飛び乗りました。  クラゲは、スイスイ泳いで海の中へ。 「うわっ、海の中ってきれいだなあ」
 珍しい景色にサルは、ただうっとり。 「さあ、サルさん、もうすぐ竜宮だよ」
 ところで、少し間の抜けたクラゲは、うっかりサルに聞いてしまいました。 「ねえ、きみ、きもを持ってる?」
「きも? どうして?」
「竜宮のお后さまが、食ベたいんだって」
(そ、それでぼくを。・・・こりゃ大変だ!)
 サルはビックリです。  きもを取られては、死んでしまいます。  でも頭の良いサルは、少しも慌てず残念そうに言いました。 「そりゃ、あいにくだな。今日はお天気が良いから、木の上に干してきたよ。クラゲくん、ご苦労だけど取りに帰ろうよ」
「そうかい。仕方がないや。じゃ、引き返そう」
 そこでクラゲは、またサルが島へ逆戻りです。  島に着くと、サルは慌てて飛び降りて言いました。 「やーい、やーい、クラゲのお馬鹿さん。きもは木の上なんかにありゃしないよ。ぼくの体の中さ。アハハハハッ」
「ええっ! 本当かい?!」
 クラゲはくやしがりましたが、もう仕方がありません。  トボトボと、竜宮へ帰って行ったクラゲは、 「この、間抜けクラゲめっ!」
「お前なんか、消えてしまえ!」
 王さまや魚たちに、メチャクチャに叩かれました。  クラゲが今の様に骨無しになったのは、この為だそうです。


◯家柄比べをするキツネとサル

 キツネとサルが一緒に旅をしながら、どちらの家柄が立派かについて、言い争っていました。
 めいめい、先祖がどんなに偉かったという話をくどくどしているうちに、ある場所にさしかかりました。
 サルはそのあたりをながめ回して、急に泣き始めました。
「どうしたのです?」 と、キツネが尋ねますと、サルはそこに並んでいるお墓を指差してこう言いました。 「これが泣かずにいられましょうか。だってこの墓は、わたしの先祖に仕えた召使いや奴隷たちの墓なのですから」 「へーえ、なるほど」
と、キツネが言いました。 「お前さん、つきたいだけうそをつくがいいさ。そのお墓に入っている連中は、誰もあそこから出てきて、お前がうそをついていると言えないのだから」
 うそつきは、うそがばれる心配のない時ほど、おおぼらをふくものです。


◯サル酒

大分県の民話
 むかしむかし、府内(ふない→大分市)に、中屋玄通(なかやげんつう)という貧しい商人がいました。
 毎朝、府内の酒屋から少しの酒を仕入れては、近くの町や村に売りに行っていました。  あるとき玄通は、浦辺(うらべ)へ酒を売りに行くので、高崎山(たかさきやま)のふもとを歩いていました。
 すると、どこからか、 「キーッ、キーッ」 と、苦しそうな声が聞こえてきたのです。
「なんだ、あの声は!」  玄通が急いで声のする方へ行ってみると、サルが地面を転げ回っていたのです。
 見てみると大きな力二がサルの片足を、ギューッとはさんでいるのでした。  かわいそうに思った玄通は、急いで力二をとってやりました。
 そしてサルに、 「よしよし。さぞ痛かったろう。だけどな、カニもお前やわしと同じ生き物なんじゃ。許しておやりよ」 と、いいきかせるように言うと、カニも放してやりました。
 さて次の日、いつものように玄通は、高崎山のふもとを通って酒を売りに行くと、 「キキーッ、キーッ」 と、またサルの声がします。
 見ると昨日のサルが、しきりに玄通を誘っているようです。 「なんじゃ、わしに来て欲しいのか?」
 玄通は不思議に思いながらも、サルについて行きました。  するとそのうち、大きな岩の前に出ました。  その岩の下からは、清水が湧き出ています。 「キキーッ、キキーッ」
 サルがその水を指さすので、何気なくなめてみた玄通は、あっと声をあげました。 「こっ、これは酒じゃ。しかも上等の酒じゃ」
 なんとその清水は水ではなく、天然の酒だったのです。  助けてもらったお礼に、サルはサル仲間に伝わる秘密の酒を玄通に教えてくれたのでした。  こうして玄通はその酒を売って歩き、やがては九州一の酒長者になったのです。  そしてその酒は、『サル酒』と呼ばれて、今でも高崎山ではこの伝説にちなんでサル酒が売られているのです。


◯ピアンとサル

マレーシアの昔話
 むかしむかし、ピアンと言う、とても働き者のお百姓がいました。
 ピアンは小人の様に小さかったですが、ピアンの作る野菜はとてもおいしいと、みんなの評判でした。  ある朝の事です。  ピアンがカボチャ畑へ行ってみると、昨日まで見事になっていたたくさんのカボチャが、さんざんに荒らされています。 「誰が、こんなイタズラをしたんだ? 神さま。こんなイタズラをした奴を、どうかこらしめてください!」
 ピアンは家へ帰ると、ふと、良い事を思いつきました。 「そうだ。カボチャ畑にかかしを立てて、イタズラをしに来た奴をおどしてやろう」
 そこでピアンは、大きなかかしを作りました。  でもかかしだけでは、驚かないかもしれません。 「ついでに、かかしに生ゴムを塗りつけてやろう。そうすればイタズラをした奴は、かかしに塗った生ゴムがくっついて離れなくなるだろう」  ピアンはそう考えると、チューインガムの様にベタベタする生ゴムを、たっぷりとかかしに塗りつけました。  そしてそのかかしを、カボチャ畑のまん中に立てました。 「はてな? あれはなんだろう?」
 その様子を見て森の中から出て来たのは、イタズラもののサルです。  最初は不思議そうにかかしを見ていましたが、かかしが全然動かない作り物だと分かると、 「よし。こうしてやれ」
と、サルはかかしの体にパンチをしました。  するとかかしの生ゴムがベッタリと手について、手が離れなくなりました。 「ええい、こんちくしょう」
 怒ったサルは、かかしにキックをしました。  すると足もかかしに引っ付いてしまい、サルは動けなくなりました。 「あーん、あーん、あーん。助けてくれえー」
 サルは、泣き出しました。 「さあ、捕まえたぞ。イタズラザルめ。カボチャは、お前がやったんだな!」
 ピアンに捕まったサルは、泣きながらピアンに謝りました。 「キッキー。お許しくださいピアンさま。もう二度と、イタズラはいたしません」
「ふん。そんな事で、だまされるもんか」
「本当です。本当に、もう二度とイタズラはいたしません   サルがあんまり謝るので、心やさしいピアンはサルを許してやりました。 「よし、今回だけは許してやろう」
「ありがとうございます、ピアンさま。お礼に、おっしゃる事なら何でもいたします」
「ふん。大きな事を言う奴だな。・・・それならこのわしを、お城に住める様にしてくれるか?」
 ピアンは、からかって言ったのですが、 「はい。お安いご用です」
と、サルは約束して、森の中へ帰って行きました。 「おもしろいサルだ」
 ピアンは、サルの言う事などあてにはしていませんでしたが、サルの方は本気です。  サルは森の奥の奥にある、オニのお城まで走って行くと、 「た、た、大変だあー!」
と、叫びながら、お城の門の前で穴を掘り始めました。 「何だ。サルめ。何をあわてて、穴など掘っておるのじゃ?」
 集まって来たオニたちが聞くと、サルは血相を変えて言いました。 「何を、そんなのんきな事を! いいですか、実は隣の国の兵隊が、百頭のゾウに乗って攻めて来るんですよ。だからわたしは踏み潰されない様にと、ここに穴を掘って隠れるつもりなのです」
 サルの言葉に、オニのお城は大騒ぎになりました。 「大変だ、いくらおれたちでも、百頭もゾウに攻めて来られてはたまらない。早くおれたちも穴を掘って隠れよう」
「いや、今から穴を掘っても間に合わないぞ! それよりも、お城の井戸(いど)の中へ隠れるんだ」
 こうしてオニたちは、次々と井戸の中へ飛び込みました。  そして最後のオニが飛び込むと、サルは重い石を持って来て、井戸の上にかぶせました。 「さあ、これでもう出られないぞ。ではピアンさまをお迎えに行こう」
 こうしてピアンは、サルのお陰でお城を手に入れて、一生幸せに暮らしました。


◯サルの顔はなぜ赤い

岡山県の民話
 むかしむかし、岡山のある山の中に、一匹のサルがすんでいました。
 サルが山からおりて、里へ遊びに出てみると、 「きょうは餅をついて、神さまにお供えしよう。そうすると、わしらはもっともっと長生きができるぞ」
と、おじいさんとおばあさんが、お餅をついていました。  サルは木のかげで餅つきを見ながら、なんとかお餅を手に入れたいと考えました。  ふと見ると、木の葉にアマガエルがいます。 「おい、アマガエルどん。お前、餅は食いたくねえか」
 サルがいうと、アマガエルはうなずきました。 「ゲーコ。食いたい、食いたい」
「そうか。それじゃ、わしのいうことをきけよ。餅をたくさん食わせるからな」 「ゲーコ、きく、きくぞ。どうすりゃいい」
「簡単じゃ。お前は家の裏へいって、赤ん坊の泣くまねをするんじゃ。あのじいさんとばあさんは、前から子どもを欲しがっていた。子どもの泣き声を聞くと、すぐに飛んでいくだろう。そのすきに臼(うす)ごと餅をいただいてきて、山分けすればいい」
「ゲーコ。なるほど、なるほど。それなら、赤ん坊の泣き声の、まねをしてくる」
 アマガエルは木の葉の上から飛び降りて、家の裏へはねていくと、 「ほんぎゃあー、ほんぎゃあー」
と、赤ん坊の泣きまねをはじめました。  カエルにしては、なかなかに上手です。 「おじいさん。赤子の泣き声がしますよ」
「本当だ。だれかが、子どもをすてていったのかもしれん」
 おじいさんとおばあさんは、大急ぎで家の裏へ見にいきました。 「しめしめ。うまくいったぞ」
 サルは大喜びで木のかげからとびだすと、お餅の入った臼をかついで、おもてのやぶの中にかくれました。  おもてのやぶの中で、サルがつきたての熱いお餅を食べていると、アマガエルがやってきました。 「ゲーコ。さあ山分けだ。わしにも食わしてくれ」
 そういって、アマガエルが臼に飛び乗ろうとすると、サルが手で追い払いました。 「ゲーコ。山分けのはず。山分けのはず」
 アマガエルは何度も臼の縁に飛び乗りますが、その度にサルが手で追い払います。 「お前なんか、あっちへいけ。この餅は、全部おれの物だ」
 サルがブンブンと手を振ると、その手の先についていた熱いお餅が臼の中からビューンと飛び出して、サルの顔にぺたりと貼り付いてしまいました。 「わあーっ、あち、あち、あちちちちちち!」
 サルは顔をやけどして、顔がまっ赤になってしまいました。  そのときからだそうです、サルの顔が赤くなったのは。


◯サルとボウシ屋

イギリスの昔話
 むかしむかし、冷たい北風のなか、ボウシ屋さんが山道を歩いていました。
 町へ、ボウシを売りに行く途中です。 「寒い、寒い。おまけに足もくたびれた。どれ、ひとやすみしていこう」
 ボウシ屋さんは、がけ下の草むらに腰をおろしました。  そこは風もあたらず、あたたかいお日さまの光でポカポカしていました。 「やれ、たすかった」
 ボウシ屋さんは、ボウシのいっぱいつまった袋をかかえて、日なたぼっこをしていましたが、そのうちにあんまりあたたかいので、コックリ、コックリとねてしまったのです。  ところがしばらくして目をさましてみると、袋の口があいていて、中に入れてあったボウシが一つもありません。 「しまった。ぬすまれたか!」
と、あたりを見まわしたとたん、頭の上のほうから、キッ、キッと、サルの鳴き声が聞こえてきました。  ボウシ屋さんは、ビックリ。
 なんとがけの上で、たくさんのサルたちがボウシ屋さんのボウシをかぶって、飛んだりはねたりして遊んでいるではありませんか。  ボウシ屋さんがひるねをしているあいだに、こっそり持ちだしたにちがいありません。 「おーい、ボウシをかえせ。それはわしのたいせつな商売の品物だ」
 ボウシ屋さんは、大声でどなりました。  でもサルたちは知らん顔で、あいかわらず飛んだりはねたり。 「このイタズラザルどもめ!」
 ボウシ屋さんは、カンカンになって、 「早くかえさないと、ひどい目にあわせるぞ!」
と、げんこつをふりあげました。  するとサルたちもそのまねをして、げんこつをふりあげました。 「バカにするな!」
 ボウシ屋さんはくやしがりましたが、でもそのとき、うまいことを思いつきました。  いきなり地面に両手をついて、クルリとさかだちをすると、 「どうだい。このまねができるか?」
と、いいました、  するとサルたちは得意になって、がけっぷちでさかだちをはじめましたが、かぶっていたボウシがぬげて、がけ下のボウシ屋さんの前に、ころげ落ちていきました。 「しめ、しめ」
 ボウシ屋さんはそれを拾い集めて袋につめこみ、ボンヤリしているサルたちをしりめに、さっさと町のほうへ歩いていきました。


◯子ザルのまつ

長野県の民話
 むかし、松代町(まつしろちょう)と言うところに、徳嵩源五郎(とくたかげんごろう)と言う腕の良い彫り物師が住んでいました。
 ある日、源五郎は山でサルの親子を見つけました。  母ザルは猟師に鉄砲で撃たれたのか、背中から血を流して死んでいましたが、そのふところには生まれたばかりの子ザルが、母ザルのおっぱいを探して手足を動かしています。
「なんと、可哀想に」
 哀れに思った源五郎は、さっそく子ザルを抱くと家に連れて帰りました。  そして源五郎夫婦は子ザルに『まつ』と言う名前を付けて、我が子同様に可愛がったのです。  まつはとてもかしこいサルで、源五郎が踊りや芸を教えると、それは上手にやってみせるのです。  そしてまつの話は評判になって、やがては松代(まつしろ)の殿さまの耳にまで届きました。  殿さまはさっそく、源五郎とまつを呼び寄せました。  まつは源五郎の合図に合わせて、逆立ちや宙返りの芸を見せました。、 「これは見事。見事だ」
 殿さまは、大喜びです。
 そしてまつの芸を見終わった殿さまは、源五郎に言いました。 「源五郎よ。金なら、いくらでも出そう。だからサルをゆずってくれ」
「えっ、まつを?」
 これには、源五郎も困ってしまいました。  たとえ殿さまの命令でも、まつは我が子同様に可愛がっているサルです。 (よわったな)
 何と返事をしたら良いかと迷っていると、源五郎のそばに座っていたまつが、とつぜん殿さまの前に進み出て、ていねいに両手をつくと、 『そればかりは、ごかんべんを』
と、言う様に、何度もおじぎをしたのです。  これを見た殿さまは、とても心を打たれて、 「よいよい、今の言葉は取り消しじゃ。だがその代わり、時々城へ遊びに来るのじゃぞ」
と、やさしく言いました。  こうして源五郎夫婦とまつは、それからも仲良く幸せに暮らしました。  今でもまつのお墓は、松代町大信寺にある徳嵩家の墓地に残っているそうです。


◯サルと漁師

 高い木の上にいたサルが、漁師がアミを投げているのをじっと見ていました。
 漁師はアミをあげておいて、少し離れた所で食事をしていましたので、サルは木から下りて来て、漁師と同じようにしようとしました。  サルという動物は、すぐに人真似をする動物です。
 ところがアミの目に引っかかって逃げられなくなったので、サルは一人言を言いました。 「わたしがこう言う目に会うのも当たり前だ。魚を捕る方法も知らないのに、どうしてこんな事をやったのだろう」
 このお話しは、がらにもない事に手を出すと、得にならないばかりか、ひどい目に会う事を教えています。


◯サルと池

東京都
ある山の中に、綺麗な水が湧く池がありました。池の水は、山に生きるサルの群れにとってかけがえの無い飲み水になっておりました。

ある時、酷い嵐が起こって、雨風と共に恐ろしい魔物がやって来て池に住み着いてしまいました。水を飲みにやって来たサルが足を滑らせて池に落ちるや、魔物が現れて池の底に引きずり込むようになったので、サルたちは恐ろしがって池に近づかないようにしました。

腕白な子ザルたちが年寄りザルの目を盗んで池に近づきましたが、矢張り魔物が現れて、三ちゃんと言う子ザルを池に引き込もうとしました。子ザルたちは互いに力を合わせて三ちゃんを助け出し、命からがら逃げ伸びました。

然し子ザルたちは池の水が飲みたくてたまりません。皆で嘆いて居ると、そこへ年寄りザルがやって来て「めいめいで長い芦の茎を1本ずつ取って来なさい」と言いました。子ザルたちが言われた通りにすると、年寄りザルは芦の茎から穂をはぎ取り、息を吹き込んで通りを良くし、細長い筒をこしらえて見せました。

そして子ザルたちと共にその芦の筒を持って池に行き、魔物の手が届かない土手の上から筒を水面に刺し込んで「ここから筒を思いっきり吸ってご覧。美味しい水が飲めるから」と教えました。子ザルたちが言われた通り筒を吸いますと、口の中に水がごくん、ごくんと入って来ます。

サルたちが芦の筒で水を飲んでいるのを見て魔物はサルたちを池に引き込もうと襲いかかりましたが、魔物は水の中から出る事が出来ないらしく、その手は虚しく土手をかきむしるだけでした。

こうして、サルたちは危ない目に遭わずに水が飲めるようになりました。そして魔物はと言うと、年寄りザルの知恵に降参したのか、いつの間にか池から姿を消してしまったと言う事です。


◯猿とどんびき

岐阜県
むかしむかし、ある寒い冬の日、猿とどんびきが連れだって村へと歩いておった。どんびきとは、かえるのことじゃよ。

さて、くたびれて歩くのが嫌になった猿どんは悪知恵を働かせ、「グーなしのじゃんけんで、勝った方が負けた方におんぶしてもらって村まで行く」という勝負をどんびきどんにもちかけた。

「じゃんけんぽん!」どんびきどんはパー。猿どんはチョキ。どんびきどんの手は水かきじゃからチョキは出せんのじゃ。負けたどんびきどんは、村まで猿どんをおんぶしていったそうな。

村の家の庭ではちょうど餅をついておって、二匹は早速、餅を盗み出すことにした。まず、どんびきどんがおとりになって家の台所で大きな声で鳴いた。すると人間達が台所に集まってきたんじゃと。猿どんはその間に、白いふかふかの餅が一杯入っている臼を持って、丘の上へ逃げて行ったそうな。

じゃが、猿どんは餅を一人占めしたいと思いはじめた。そこで、猿どんは「丘の上から餅の入った臼を転がして、先に餅にたどり着いた方が全部食べる」という勝負をどんびきどんにもちかけた。こうして二匹は、また勝負をすることになった。

ところが臼を転がしたとたん、猿どんは臼の上に乗っかったそうな。猿どんを乗せた臼はどんびきどんを後ろに残し、凄い勢いで坂を転がっていった。じゃが途中に大きな石があったから堪らない。臼は大石に乗り上げ、猿どん諸共跳ね飛ばされてしもうたんじゃと。

そうして臼の中の餅も投げ出され、大石の傍のツツジの木の枝に花のようにくっついてしもうた。そうしてそのツツジの木の下には、どんびきどんがちょこんと座っておったんじゃ。

こうして勝ったどんびきどんは、ツツジの枝から落ちる餅を一人で美味しそうに食べたそうな。その後、猿どんは山に帰り、どんびきどんは里に降りて冬ごもりをしたそうじゃよ。

それから、ツツジの枝についた白く柔らかいものを“つつじ餅”と呼ぶようになったそうじゃ。


◯猿地蔵

大分県
むかしむかし、山の中に貧しい村があって、村人達は山の畑で蕎麦や粟を作って暮らしておりました。

そうしてこの村に住む働き者の爺様の蕎麦畑が、近頃猿に荒らされるのでした。爺様は困って考えた末、蕎麦の粉を体中に塗って畑の傍に座り、お地蔵様のふりをして猿を捕まえることにしました。

次の日、爺様がお地蔵様のふりをしていると猿が現れました。猿達は、爺様を本物のお地蔵様だと思いこみ、爺様を担いで山のお堂に運び始めました。爺様がお地蔵様のふりを続けていると、猿達は爺様を担いだまま「猿のおケツは濡らすども、地蔵のおケツは濡らすでねえ♪」と歌いながら川を渡りました。爺様はこの歌が可笑しくて、笑い出しそうになるのを必死で我慢しました。

やがて猿達は爺様のお地蔵様を山のお堂に運びこむと、小判のお賽銭を投げ込んで拝みました。そうしてあっという間にいなくなってしまいました。

日暮頃、爺様は小判を持って家へ帰り、今日あったことを婆様に話して聞かせました。そうして、ちょうど訪ねてきた隣の欲張り婆さんにも、同じ話を聞かせました。それを聞いた欲張り婆さんは、夫の欲張り爺さんと一緒に先ほどの話を真似して、小判を手に入れようと考えたのでした。

次の日、欲張り爺さんは蕎麦粉を被り、お地蔵様のふりをして山の畑に座りました。すると猿達が現れて、昨日と同じように欲張り爺さんを山のお堂へ運び始めました。ところが、隣の爺さんは川を渡る時に猿達の歌を聞いて、大声で笑ってしまったのです。「なんじゃ、この地蔵。偽物じゃ!」と、猿達は怒って欲張り爺さんを引っ掻き、川の中に放りだしてしまいました。

日暮頃、欲張り爺さんは家に帰ってきました。欲張り婆さんは、爺さんが小判を一杯持って帰って来たと思って喜んで出迎えましたが、爺さんは何も持たず体中傷だらけで泣きながら帰って来たのでした。欲をかいて人の真似をして、罰があたったのでしょう。


◯猿亀合戦

山口県
昔、現在の山口県の仙崎と青海島(おおみじま)との間は大変近く、引き潮になると歩いて行き来が出来た。

青海島には沢山の猿が住んでいて、引き潮になると大勢で仙崎に渡っては村人の食料や物を盗んだりと悪さばかりしていた。困った仙崎の人々は、罠を作って猿を捕まえようとしたが、失敗続きで諦めるばかりだった。

天気に恵まれた五月の昼下がりのこと。一匹の猿が仙崎へ渡ろうとした時、青海島と仙崎との間の砂浜に大きな海亀が気持ちよさそうに眠っていた。猿は海亀をどかそうと、大声を上げて海亀の首を強引に引っ張った。

猿の大声に驚いた海亀が、首を甲羅の中に引っ込めたので、猿の手も一緒に甲羅の中に挟まってしまった。この猿の悲鳴を聞いた仲間の猿たちが大勢で集まり、海亀との引っ張り合いになった。

海亀も負けじと後ずさりするので、猿たちも引っ張られてしまった。このままではどうしようもないので、端にいた猿が松の木にしがみついたが、やがて満ち潮になり猿たちも海亀も焦りだした。

そのうち海亀は諦めたのか首をひょいと出し、手は抜けたものの猿たちは尻餅ををついた。そのはずみで青海島は遠くに離れてしまい、青海島の猿たちは、引き潮になっても仙崎へ渡ることが出来なくなった。

猿と海亀との合戦の一部始終を見ていた仙崎の人々は、もうこれで猿たちの悪戯に遭わずに済むと喜び合った。


◯猿神退治

長野県
むかし、国中を旅している坊様がおりました。ある日のこと、坊様はある村にさしかかりました。
その村の村人達は元気がありません。毎年秋祭りが近づくと娘がいる家に白羽の矢が立ち、その娘を白木の棺に入れて社の神様に捧げないと、田畑が荒らされるというのでした。その日はもう秋祭りの日だったのです。

坊様は「そんな馬鹿な。神様が人間の娘を取って喰うなどと…。」と思い、何とか正体を見極めようと社の下にもぐりこみました。やがて白木の棺を担いだ村人達が影のように現れ、社の前に棺を安置しました。

夜も更ける頃、暗闇の中から三匹の怪物が現れました。怪物は「この事ばかりは信州信濃の早太郎(はやたろう)には知らせるな」と歌いながら踊り狂い、棺の中の娘を骨も残さず喰うてしまったのです。坊様は村人を救うには早太郎に頼むほかないと思って、すぐに信州へと出発しました。

しかし信州は広く、なかなか早太郎には会えません。翌年の夏も終わる頃、坊様はある茶店に立ち寄りました。そこでようやく、坊様は光前寺に早太郎という犬がいるという話を聞いたのです。坊様は早速光前寺を訪れ、山犬の早太郎にこれまでの事を話して聞かせました。そうして坊様と早太郎は、あの村に向けて出発したのでした。

坊様と早太郎はちょうど秋祭りの日にあの村へたどり着き、その年、白木の棺には娘の代わりに早太郎が入りました。その夜、何も知らない怪物達が棺の蓋を開くと、中から早太郎が現れたからたまりません。暗闇の中に唸り声や悲鳴が響き渡りました。

翌朝、坊様と村人達が社を開いてみると、年老いた狒狒が三匹死んでおりました。早太郎の姿はもうどこにもありません。村人達は今まで自分達を騙していた狒狒の死骸を声もなく見つめました。

信州へ向かう道に点々と血の跡が続いています。傷ついた早太郎は長い道のりをただ一人、光前寺へと帰って行ったのです。


◯猿っこ昔

福島県
昔、とある村にしんべえとおたねと言う新婚の夫婦が住んでいた。

ある日、夫婦で初泊まりに出かけた途中、「さるまけ」と呼ばれる山猿の一族に襲われ、おたねは猿達にさらわれてしまった。しんべえは夜更けになって、たまたま通りすがった按摩師に助けを求め、やっとの事で助かった。

按摩師の話によると「この辺は山賊が多く、村々を襲っては金品を奪い娘をさらう。それを見た猿達が善悪の区別もつかぬまま山賊の真似をするようになったのだ」と言う話だった。

しんべえは翌朝、鉄砲を抱え猟犬を連れておたねを助けに山へ分け入った。すると山中の崖のてっぺんに見慣れぬ家があり、家の中にはおたねが居た。そこは「さるまけ」の根城だったのだ。おたねがとしんべえと猟犬を家の中に隠しすと、間もなく猿達が親方猿を担いで帰って来て「親方様が病気になられた!ぼやぼやせずに湯でも沸かせ!」と怒鳴りつけた。

猿の知恵は知れたもの。「田の端の苔坊に頼もう」と、大きな蛙に親方の病気を診てくれるよう頼んだ。苔坊は親方の様子を見ると「天にどうどう 地にがあがあ 地転び 地まふり ちゅうぶらりん 我が身までも大事候う 湯でも茶でもごしめせごしめせ」と訳の判らぬ事を言って帰ってしまった。次に呼ばれた「上の山の満腹神」と言う古狸も同じような事を言って帰って行った。

猿達は無い知恵を絞って考えた挙句、「湯でも茶でも」とは風呂の事ではないかと思い立ち、おたねに「風呂を沸かせ!」と命令した。おたねは風呂を沸かす振りをして、風呂桶に隠れていた猟犬を猿達にけしかけた。さらに天井に隠れていたしんべえが鉄砲をぶっ放したので、胆をつぶして猿たちはみんな死に絶えてしまった。最後に小猿が1匹だけ、囲炉裏の自在鉤に掴まって居るのを見つけたが「もう悪さはしないので命ばかりは許して下さい」と泣いて頼むので許してやった。

こうして、しんべえはおたねを助け出して家に戻る事が出来た。以来、しんべえの村の周辺では人真似をする事を「猿真似」、囲炉裏の自在鉤の事を「猿っこ」と呼ぶようになったそうな。


◯ふしぎな枡

米が増え続ける不思議なお猿のマス
昔ある山里に、年取ったお爺さんとお婆さんが住んでいました。二人は貧しくとも仲良く、正直で気の優しい老夫婦でした。

今日もお爺さんは、裏山にあるちっぽけな畑を耕していました。すると、どこからか子ザルが現れ、お爺さんの様子をそっと草むらから見ていました。子ザルに気が付いたお爺さんは、お弁当の焼き餅を一つ分けてあげましたが、どうも子ザルは元気がない様子でした。

子ザルは、手振り素振りで一生懸命に元気のない理由を説明しました。するとどうやら、家族が腹痛で寝込んでいるので心配してる、という事でした。そこでお爺さんは、いつも持ち歩いていた腹痛の薬を子ザルに渡し、手振り素振りで家族に飲ませてあげるように伝えました。子ザルはお爺さんの趣旨がわかったようで、大喜びで薬を持って森の中へ帰って行きました。

それからしばらくしたある日の事。いつものようにお爺さんが畑を耕していると、急な雨が降ってきました。木の下で雨宿りをしていると、あの子ザルが現れ、お爺さんの手を引いて自分の家へ案内しました。

森の奥深くにある猿の家では、子ザルの母親が待っていました。母猿は、薬のお礼にと沢山のご馳走を用意して、お爺さんをもてなしました。そして帰りしな、お爺さんに一つの枡を手渡しました。

この枡はとても不思議で、お米を量るとむくむくと増え、お米が減る事はありませんでした。おかげで二人は一生不自由することなく、暮らすことができたそうです。


◯大智禅師と猿

長崎県
昔、長崎の岩戸山にはたくさんの猿が住んでいて、千々石灘(ちぢわなだ)の見える岩場を遊び場としていました。

この岩場で毎日座禅を組む「大智禅師」という偉いお坊さまがいました。この大智禅師の座禅を見て、子ザルも一緒に座禅を組むマネをしていました。この様子をみた百姓が、子ザルをからかってやろうと、大岩から海に飛び込むマネをして見せました。

すると案の定、子ザルは百姓のマネをして、本当に海に飛び込みました。溺れかけている子ザルを助けようと母ザルも飛び込みましたが、親子ザルはそのまま深みに沈んでいきました。

異変に気が付いた大智禅師が、急いで海に飛び込み親子ザルを助けてやりました。危ういところを助けてもらった猿たちは、それからは一緒になって岩場で座禅を組むようになりました。子ザルも、大智禅師にお礼にと山芋を掘って持ってきてくれるようになりました。

ところがそれから何日かして、猿たちは大智禅師の所にやってこなくなりました。心配した大智禅師は、猿たちの様子を見に山に行ってみると、あの子ザルが落ちてきた大石の下敷きになっていました。

大智禅師が渾身の力で大石を動かすと、子ザルは山芋を握ったまま死んでいました。母ザルは死んだ子ザルの亡骸を抱きあげ、何度も子ザルをゆすりましたが、生き返る事はありませんでした。

大智禅師は子ザルを哀れに思い、子ザルの事を想いながらノミで石を掘り始めました。やがて、猿の姿の掘られた石塔が出来上がりました。今でもこの石塔は岩戸山に残っていて「お猿の墓」と呼ばれ、安産にご利益があるそうです。


◯せんがりの田

三重県
昔、三重県の山間に長瀬というところには沢山の猿が住んでいました。

ある雪が多く積もった冬のこと、沢山の猿達が長瀬の村に餌を求めて作物を取りに来るようになりました。村長は寒さ厳しく餌の取れない猿達を気の毒に思い、大根などを猿達のために少しだけ軒先に吊るしておいてやることにしました。村長の行動に村人達も賛同し、猿達は村人の優しい気持ちで冬を乗り越えることができました。

次の年の夏のことです。旱(ひでり)で村の田んぼは干上がる寸前に追い込まれました。村長は村人と相談した結果、みんなで谷川の水を汲み上げて田んぼに流すことにしましたが、丸一日かけて頑張っても水は田に吸い込まれるだけで、溜まることはありませんでした。

その夜のことです。おかしな音がするので村長が田んぼへ行ってみると、あの年老いた猿を筆頭に千匹とも思われる猿達が、田んぼで身震いをしています。猿達は谷川の水に体を浸し、田んぼで水を払い落とす方法で、水を入れてくれていたのです。何度も繰り返すうちに、夜明けには村の田んぼは全て水が満たされました。

翌朝、村長にそれを聞いた村人が田んぼに集まって喜びの声をあげ、村長は猿達へのお礼へと好物のじゃがいもを持って山へ登りました。しかし、そこで村長がみたものは、体を濡らしたまま傷だらけになって息絶えている何十頭もの猿達でした。

「夏とはいえ、谷川の水はさぞ冷たかったろうに、わしらの為にすまないことをした」村人達は死んだ猿達を丁寧に葬ってやりました。それから、千匹の猿の力を借りたので「せんがりの田」といい、今でも「せんがり」の地名は残っているということです。


◯さるやの石

岐阜県
昔、岐阜の下呂村に仲の良い夫婦が住んでいた。

ある日のこと、亭主が野良仕事に出かけると、畑の横の草むらに親とはぐれた一匹の子猿を見つけた。この亭主は優しい男で、腹を空かせていた子猿に自分の弁当を半分わけてあげた。すると子猿は、帰り際に亭主の後について来たのだ。亭主はこの子猿を自分の家で飼うことにし、女房のハルも、この子猿を「さるや、さるや」と呼んでたいそう可愛がった。

そして子猿は成長すると夫婦の仕事の手伝いをするようになった。さるやは畑仕事の手伝いや、時には亭主に代わって馬を家まで曳いて帰ったりもした。

やがて養蚕(ようさん)の時期になり、夫婦は蚕の世話に忙しく働いていた。ところがどうしたことか、この年はネズミがたくさん出て、夜中に大事な蚕が食い荒らされることが度々あり夫婦は困ってしまった。すると、利口なさるやは夫婦の心配を察したのか、自分が蚕の番をするというような仕草をした。

こうして、さるやが夜中に蚕の番をしてくれたおかげで、夫婦は大助かり。今まで以上に仕事に精を出すことが出来た。そしてネズミの被害もなくなり、その年は良い繭(まゆ)がたくさん取れた。

さて、何年もの歳月が過ぎ、夫婦から愛されたさるやも寄る年波には勝てず、ある年の春とうとう死んでしまった。夫婦はたいそう悲しみ、さるやの墓を下呂森八幡のそばの畑の横に作ってあげた。

そしていつごろからか、この墓の小石を持ち帰って祀ると、ネズミの害がなくなるという話が広まった。今ではこの石のことを、さるやの石と呼んでいる。


◯孝行猿

長野県
撃たれた母猿を生き返らせようと必死に温める子猿の話

昔、信州の上伊那(かみいな)のある山奥に勘助(かんすけ)という猟師がおりました。勘助は、妻に先立たれ、一人息子の与三松(よそまつ)を大切に育てておりました。

猟師と言っても冬の間だけであって、普段は畑仕事をしていました。ある年、旱(ひでり)がおこり、畑の作物が残らず枯れてしまいました。勘助は、育ち盛りの与三松のためにも早く冬になって猟ができるのを心待ちにしていました。

そして冬になり、はやる気持ちを抑えきれず、夜明けを待たずに猟に出かけました。ところが獲物がどこにもおらず、必死で山の中を歩き続けていると、一匹の猿が木の間で吹雪から身を守るようにうずくまっているのを見つけました。

普段は猿など捕らない勘助でしたが、この時ばかりは猿を撃ち落としました。持ち帰った猿は、その日のうちに食べるとあたってしまうので、空腹を我慢して肉が硬くなってしまわないように囲炉裏の上の「ひだな」にのせてその日は、与三松とともに早く床に入りました。

それから、どれほど時がたったころか、囲炉裏のある部屋で何やら物音がして勘助は目を覚ましました。こっそり覗くと、三匹の子猿が囲炉裏の鈎を登ったり降りたりしているのです。よくよく見ていると、子猿は囲炉裏の残り火に手をかざして温め、鈎を登ってひだなの上に乗せられている死んだ母猿の傷口を温めて生き返らせようとしているのでした。

それを見た勘助は、寝ている息子を振り返り、子猿達から母親を奪ってしまった罪の重さにいたたまれなくなりました。夜が明けてから勘助は、神棚に猟銃を荒縄で縛って置き、「二度と猟はしない」と固く誓いました。

そして母猿の遺体を大切に抱えると、小高い丘にある傘松(からかさまつ)の根元に丁寧に弔い、山神様の祠を建てて供養をしました。勘助によって手厚く葬られた母猿のお墓は今も上伊那の奥、長谷村に今も残っておるということです。


◯猿の恩返し

九州地方
昔、九州のお大名の家来で、勘助という飛脚がいました。ある時、大名から頼まれた珍しい刀を江戸の将軍様のところへ運ぶため、勘助は東海道を走っていました。

興津の宿を出て薩堆峠(サッタ峠)へ向かう途中、一匹の猿が化け物のような大ダコにさらわれようとしていました。勘助は脇差(小刀)を取り出して、波打ち際にいる大ダコめがけて切りつけましたが、全く刃が立ちません。そこで大名から預かった刀を取り出し、すでに海の中へ潜っていた大ダコめがけて飛びかかりました。

海の中に入った勘助はタコの足に噛みつき猿を救出し、持っていた大名の刀で切りかかりましたが、ポキンと折れてしまいました。猿を助けたものの、大切な刀が折れてしまって落胆している勘助に、仲間の猿たちが一本の刀を持ってきました。

それは珍しい名刀だったので「これなら将軍様に献上しても大丈夫だ」と喜んでいるところに、再びあの大ダコが迫ってきました。しぶしぶ勘助はもらった名刀を抜き、もう一度大ダコに立ち向かっていきました。この刀の切れ味は鋭く、あっという間に大ダコの頭を真っ二つにスライスしてしまいました。

勘助が猿からもらった刀は名人「五郎正宗」の作で、将軍様もたいそうお喜びになり、いつまでも家宝として大切にしたそうです。


◯サルの仲裁

大分県
むかしむかし、ある山に古い小さな丸木橋があって、橋の下に一匹のサルが住んでおった。ある日のこと。橋の真ん中で、一匹のイヌと一匹のネコが鉢合わせしたそうな。元々イヌとネコは仲が良くないので、ちょうど退屈していたサルはこりゃあ面白そうじゃと様子を見ておった。

「邪魔じゃ。どけ!わん!」「にゃ〜にが邪魔じゃ!」案の定、二匹はどっちも後に引かず、とうとう取っ組み合いの大喧嘩を始めちまった。じゃが、なんせ狭い橋の上じゃ。イヌは足を滑らせて落っこちそうになり、慌てて橋に絡まったツタを咥えてぶら下がった。

それを見たネコは大喜びで囃し立てた。イヌは思わず怒鳴り返したもんじゃから、川の中にまっさかさまに落ちてしまった。ネコはもう、腹を抱えて大笑い。「にゃっはっはっ!間抜けなイヌだにゃん!にゃにゃッ!?」笑い過ぎたネコも足を滑らせて、川に落っこちてしもうた。

川に落ちた二匹は魚を見つけ、急に腹が減っていることを思い出した。じゃが、イヌが捕ろうとした魚をネコが捕ってしまったので、またまた喧嘩が始まった。サルはそこでおもむろに喧嘩の仲裁に入ったが、イヌもネコも魚は自分のものじゃと言うて後に引かんかった。

そこでサルは「それならこの魚をちょうど半分に分けてやろう。」と、魚を真ん中あたりで二つに切り分けたそうな。すると「ネコの魚の方が大きいわん!」とイヌが怒るので、サルはもう一度ちょうど良く分けてやると言って、ネコの方の魚を少しだけ食べたそうな。

すると今度は「とんでもにゃあ、俺の方が小さくなった!」とネコが怒るので、サルは今度はイヌの方の魚をもう少しだけ食べた。するとまたイヌが怒りだし、サルはネコの魚をまた少し食べて…。こうしてサルは交互にイヌの魚を食べ、ネコの魚を食べして、とうとう魚を全部食べてしもうたそうな。

サルが去った後しばらくして、ようやくイヌとネコはサルにまんまとやられたことに気がついた。イヌとネコは散々悔しがったが、もう後の祭り。そしてこの時以来、サルとイヌとネコは、いつも仲が悪くなったんじゃそうじゃ。


◯猿とつがねの餅つき

鹿児島県
昔、猿とつがね(川蟹)が山の中で仲良く暮らしていた。

ある日、猿がつがねにこう言った。「なあ、つがねどん、たまには餅をついて食いてえのう」つがねも餅を食いたいのはやまやまだったが、肝心の米がない。そこで、谷川を下った先の一軒家に行き、米を分けてもらうことにした。

こう話が決まると、早速猿とつがねは川を下り、一軒屋の前にやって来た。そして嫁さんが洗い場に来ると、つがねはこう言った。「あねさん、あねさん、お米を少しくれろ。くれないとハサミで挟むぞ。」

すると、嫁さんは一掴(つか)みの米をつがねにくれた。こんなことを毎日繰り返しているうちに、とうとう貯まった米は1斗(いっと:18リットル)にもなった。

猿とつがねは、この米で早速お餅をつくことにした。猿はかまどで米を炊き、その間につがねが餅をつく臼(うす)と杵(きね)を作る。ところが、臼はちゃんと出来たものの、杵が曲がってしまった。つがねは急いで杵を作り直すことにした。

ここで、杵が出来るのを待っていた猿に悪い考えが浮かんだ。「今の内に餅をついてしまえば、餅を独り占めできる」猿は曲がった杵で餅をつき、出来た餅をつがねが登ってこられない木の上に載せてしまった。

杵を持って戻って来たつがねは、これを見て怒ったが、どうすることも出来ない。その時つがねは、「西の風が吹いたら木の葉が落ちる」と自分の爺さまが言ったことを思い出した。そこでつがねは、一心に「西の風よ吹け!」と念じた。すると、つがねの思いが天に通じたのか、強い西の風が吹き、木の葉を餅と一緒に全部落としてしまった。

今度は、つがねが落ちてきた餅を拾い、自分の巣穴に入れた。猿は餅を分けてもらおうと、巣穴に入ろうとする。ところが、猿が顔から入ろうとすると、つがねがハサミで猿の顔を挟む。尻から入ろうとすれば、お尻を挟む。こんな訳で、猿の顔と尻は真っ赤に腫れ上がってしまった。

猿はたまらず、自分の毛と交換で餅を分けてもらうことにした。こうして二匹は仲直りして、餅を分け合って食べた。つがねの親指には、この時猿にもらった毛がまだ残っている。


◯サルが城の猿の話(小国町)

 今は、もうずうっと昔のお話です。
 飯豊登山口<長者原>の<サルが城>という山には、その名の通り昔は、何千匹という猿が群がって遊んでいたということです。  ある日、村の子どもらが、大勢で ふもとの河原に行き、「誰か一人地蔵様になんぜー。」と言って遊んでいました。そんなことをしている内に、地蔵様になって立ち続けている仲間のことをすっかり忘れてしまい、みんなはそれぞれ家に帰ってしまいました。  まもなく、<サルが城>に住む猿が大勢つれだって遊びにやってきました。そして、「おや、ここに地蔵様いた。」と、さっきから立ち続けていた子どもを見つけて言いました。  猿たちは、ずっと前から、自分達も人間のように地蔵様が欲しいと思っていた所なので、さっそく藤づるで籠をつくり、それに乗せてつれていきました。かついで川を渡る時、「猿のケツぬれても地蔵様ぬれんな。つんつくつんつん。」と、おもしろい節をつけて、歌いながら行きました。

  <サルが城>に着くと猿達は、小屋をかけて地蔵様の子どもを置き、山からいろんなめずらしい果物をとってきて、それで猿料理をつくって供えました。「また川遊びに行ってくっから、地蔵様留守番しててくれよ。」と言って、猿達は再び川に行ってしまいました。

 みんな出かけた後、地蔵様になった子どもは、目の前に供えられた猿料理を、すっかり背負って家に逃げ帰りました。「おれ、サルが城さ行って、地蔵様の真似しったら、こんなにいっぱい猿料理もらってきた。」と言って、近所の子供らみんなに見せました。
そしたら、「おれがこんど地蔵様になる。」と、欲の深い子どもの一人が言い、川原に行ってそのようにしていると、やっぱり山から猿達が大勢つれだってやってきました。「あらあら、おら家の地蔵様、水遊びに来った。早くつれていくべー。」と、さっそくみんなでやまにつれていきました。

 かついで川を渡る時、「猿のケツぬれても地蔵様ぬれんな。つんつくつんつん。」と、おもしろい節をつけて、歌いながら行きました。
 それを聞いた欲の深い子どもは、自分が地蔵様になっているのも忘れて、くっくっと笑ってしまいました。猿たちはこれを聞いて、「こんなもの、生き地蔵のにせ地蔵だ。」とバリバリひっかいて、川の中にどぶんと投げ込んでしまいました。

 猿たちはこんなことをして毎日楽しく遊び暮らしていたのだそうです。
 <サルが城>の中腹には、その昔猿の頭が住んでいたという大きな岩穴が今でもあります。また、小さな祠もあります。

サルのキャラクター

◯おさるのもんきち

サンリオのキャラクター。
ダジャレが大好きなサルの男のコ。楽天家でおきらくで、いちどのせると止まらないお調子者。
特技は、大好物のバナナの早食い。なんと、1分間に10本も食べることができる。
将来の夢はちょっぴり意外な「詩人」になること。ナイスなダジャレセンスがあるパパと、バナナ 料理が得意なママと一緒に日本の田舎にあるひくい山に住んでいる。

◯パーマン2号(ブービー)

藤子・F・不二雄作の『パーマン』に登場するキャラクター。
チンパンジーの子供。 旧作では動物園の檻の中で母と共に暮らしており、新作では老夫婦のペットとして生活している。
進化したバード星人から見れば、地球人類とチンパンジーの差などないに等しいという理由でパーマンに選ばれる。

◯おさるのジョージ

「ひとまねこざる」で有名な小猿。
「黄色い帽子のおじさん」によってアフリカからニューヨークに連れて来られた。
好奇心旺盛で色んなものに興味を示す。 悪意はないが、遊びに夢中になる内に、説明や注意をよく聞かないまま行動することがある。
小学校低学年ぐらいの知能を持っていて、人間の言葉をある程度理解していたり簡単な数を数える事もできる。

◯アブー

ディズニー映画「アラジン」に登場するサル。
盗みの天才で物欲が強く、魔法の洞窟では赤い宝石への手出しを抑えられず、洞窟の崩壊を呼んでアラジン共々ピンチに陥ってしまう。

◯ターク

ディズニー映画「ターザン」のキャラクター。
ターザンの親友のメスゴリラ。幼い頃は人間のターザンをからかい、仲間外れにしていたが仲間想いでまっすぐなターザンの行動に考えを改め一番の親友となる。若いゴリラ達のリーダー的な存在。

◯ラフィキ

「ライオンキング」に登場する年老いたヒヒ。
7呪術師であり、王子誕生の儀式では欠かせない存在となっている。自分を見失って悩んでいたシンバを導いた。 また、プンバァとティモンにハクナ・マタタを教えた人物でもある。

◯モンチッチ

モンチッチは、男の子のモンチッチくんと、女の子のモンチッチちゃんの2人から成る。
後者はモンチッチくんと同じ目開きの笑顔のタイプと、涙を流している泣き顔のタイプの2つあり。年齢は元々は“お猿の赤ちゃん”ということから1〜3歳の設定だった。
アニメ『モンチッチ』(キッズステーション他で放送)では人間でいう幼稚園〜小学校低学年の5〜9歳の設定となっていた。
現在は特に年齢設定はしていない。

◯キングルイ/モンキー

ディズニー映画「ジャングルブック」に登場する。
ジャングルのサルの王をつとめるオランウータン。人間になるのが望みで、バナナと引き換えに火の使い方をモーグリに教わろうとする。 モンキーはその手下。たくさんいる。

◯猿(モンキー)

「トイストーリー3」に登場する受付に飾られている、シンバルをもった猿のおもちゃ。
脱走を試みるおもちゃたちを保安カメラのモニターで監視し、ロッツォらに通報している。 1970年代に「わんぱくスージー(英語名:Musical Jolly Chimp)」という名前で売られていた実在のビンテージトイが元になっている。言葉は喋らず、ただ鳴いている。

◯ベイビーマイロ

アパレルブランド「A BATHING APE(アベイシングエイプ)」がデザインしたキャラクター。 1993年登場。未来の地球からやってきたゴリラをイメージ。

◯ジュリアス

ポールフランクのキャラクター

◯猿谷猿丸

プロゴルファー猿とは、藤子不二雄?によるゴルフ漫画である。
「ワイは猿や! プロゴルファー猿や!」
主人公である猿谷猿丸は"プロゴルファー"を自称する天才少年ゴルファーである。
実際はプロテストに合格していないアマチュアのゴルファーであるが、賭けゴルフで貧しい家計を助け、生活を賭けたゴルフを行っている事から、「プロゴルファー」としての自覚は非常に強い。 ※彼は一応人間です。

◯ピンキーモンキー

錠菓「ピンキー」のマスコットキャラクター。

◯もん吉

「アンパンマン」に登場するサル。 カバオくんたちと一緒にいることが多い。

◯チョコくん

かつての「チョコクリスピー」のキャラクター。 チョコクリスピーのイメージキャラクターがチョコくんからココくんに変わったことはあまり知られていない。 チョコクリスピーはチョコくんからココくんと、同じサルだったからである。
イメージキャラクターをココくんに譲ってからはスーパーなどでチョコくんを目にする機会はなくなった。
そして製造元である日本ケロッグの公式サイト内にあるケロッグ博物館においてもなぜかその存在は確認できない。
インターネットでもその姿を確認することは難しい。
上記のようにチョコくんは人知れず排除されており、オークションなどで過去のおまけが出品されているのを見かけるのみになっている。

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