亥(いのしし)

亥 干支の由来

【いのしし】
猪の肉は、万病を防ぐと言われ、無病息災の象徴とされています。

勇気と冒険

最後の干支、イノシシ。
「猪突猛進」という言葉があるように、 野生のイノシシはかなり獰猛…(失礼!)、勇猛な動物なのです。 イノシシグッズを身に着けていれば どんな禍も尻尾を巻いて逃げていってしまいそう! 実際、風水でも「無病息災」を象徴する動物なのです。 「火の神の化身」とも言われていて、 目標に向かって情熱的に猛進していく人には 強大な力を貸してくれる干支動物です。 また、イノシシの肉は万病に効くという言い伝えがあることから イノシシグッズは「無病息災」のお守りとしても人気があるようですよ。 風水では、イノシシは北北西。 開運グッズを置くなら、この方角に配置しましょう。 幸せに向かって、突き進め!!

亥の動物:イノシシ(猪)、中国ではブタ(豚)

  • 亥の月:旧暦10月
  • 亥の時刻:午後10時を中心とする約2時間
  • 亥の方角:北西よりやや北寄り
  • 五行:水気
  • 陰陽:陰
  • 意味:草木の生命力が種の中に閉じ込められた状態を表します。

亥は日本ではイノシシを指しますが、中国など他の国ではブタのことを指します。 ですから12支にイノシシがいるのは日本ぐらいで、他の国はブタなのです。 これは、日本ではブタを飼う風習がなかったためです。 しかしブタとイノシシはそこまで遠くはありません。 イノシシはブタの先祖で、イノシシを家畜化して品種改良したものがブタなのです。 ブタを飼っていなかったからと言って、イノシシを飼う風習もありませんでした。 イノシシは狩猟の対象となっていて、狩って食用とされていました。 しかし猪突猛進と言うぐらいですから、イノシシを捕らえるのも易しくはありませんでした。 イノシシは神経質で警戒心が強いため、不用意に近づくと襲ってきます。 70kgをも超える体で、時速45kmものスピードで走ります。 さらに牙もあるため、その全力の攻撃は大人でも大怪我を負うこともあり、下手をすると死に至る場合もあります。 アメリカでは470kgもある野生のイノシシが仕留められたこともあり、日本でも220kgものイノシシが捕らえられたことがありました。 それだけ大きな体で突っ込んでこられたら、ひとたまりもありません。 猪突猛進という言葉からイノシシはまっすぐしか走れないように思われていますが、そうではありません。 その勢いで曲がるのは大変ですが、それでもブレーキをしたりして曲がれます。 曲がれないわけではなく、猛進する勢いが強いからその言葉ができたのです。 野生のイノシシに会った際は、刺激を与えないようにして下さい。 ゆっくり後ずさりして逃げれば大丈夫です。 走って逃げると、追いかけてくる場合があります。 それこそ、猪突猛進で。

奈良時代から平安時代にかけて宮中に仕えた和気清麻呂という人物がいました。 当時法王だった道鏡は、策略を巡らせて天皇の座に就こうとしました。 道鏡は『道鏡を天皇にすべき』と神のお告げを聞いたと言えば大臣にしてやる、と清麻呂に言いました。 しかし、清麻呂はその買収には屈せず、本当の神のお告げを報告したのです。 『道鏡を追放しなさい』と。 清麻呂はそう素直に告げると、道鏡の怒りを買い鹿児島に流罪になりました。 鹿児島へ向かう途中、道鏡の刺客に襲われ、一命を取り留めましたが、足を負傷してしまいます。 歩くのもままならない中、皇室の安泰を守られたことを感謝しようと宇佐八幡に向かいました。 するとどこからともなくイノシシが300頭現れたのです。 イノシシは宇佐八幡まで清麻呂を護り案内すると、どこかに去っていきました。 そしてイノシシの力か、清麻呂の足は治ったのです。 清麻呂はその後、鹿児島でも治水事業など功績を残し、道鏡が失脚すると再び都に戻り、世のため国のために尽力しました。 その実直で清廉潔白な人柄は、人々に愛され、京都の護王神社には和気清麻呂が主祭神として祀られています。 また、ここの神社には清麻呂と共にイノシシも祀られ、怪我や足腰などの健康にご利益があると言われ、プロのスポーツ選手も多く訪れるそうです。 ちなみに、和気清麻呂は1800年代に十円札の紙幣になっていますが、イノシシも清麻呂と共に紙幣に登場しています。 さすがに300匹は描かれていません。 しかし表には和気清麻呂と護王神社、裏には真ん中に躍動感のある、走っているイノシシが大きく一匹描かれているのです。 そのため、この十円札は『イノシシ』と呼ばれていたそうです。


亥の神様

◯摩利支天(まりしてん)

その名を摩利支天(まりしてん)という。

我が国では護身や勝利、開運などをつかさどる仏教の護法神として信仰を集めている。
しかしどちらかというとなじみの薄い存在なので、はじめてその名を耳にする力も少なくなかろう。

また、亥年の守り神でもある。なぜならご覧の通りイノシシの背に乗っているからだ。
イノシシにゆかりの深いこの摩利支天の謎にせまってみたい。

摩利支天とはいったいどんな神なのだろうか。

【イノシシに乗る摩利支天】
イノシシに乗って素早く移動し、しかもすがたが小さく実体が見えない。
すなわち傷つきにくいことから我が国では戦場の護神として武士や忍者が信仰し、江戸時代には蓄財福徳の神として大黒天や弁才天とともに人気があったという。
山岳信仰や剣術などと結びついて地名や石碑などにもその名を残しており、名前を闘いてピンときた方もあるかもしれない。

その直接的なルーツは威光・陽炎(かげろう)を神格化した古代インドの女神マーリーチーに出来する。
マーリーチーとはサンスクリット語で日月の光を意味する。創造神プラフマー(梵天)の子といわれ、その昔インドラ(帝釈天)とアスラ(阿修羅)とが戦ったときにはインドラの支配する月と太陽の光をさえぎりアスラの攻撃から守ったという。

摩利支天の功徳を述べた仏教経典にはおおよそ次のように説かれている。
この天は常に太陽の前にいて、その神通力ゆえに何人たりともその姿を見ることも実体を捉えることもできない。
そしてこの天に帰依すればあらゆる厄難からその身を護ってくれる。
また像を彫る際にはできるだけ小さく作る方が望ましく、そして用足し以外は肌身離さず持ち歩かねばならないという。

摩利支天のイメージがこれらの経典によって確立されるまでには長い道のりがある。
古代インドの太陽神スーリヤ(日天)などを経てイランの神々にまで遡る可能性があるというのでそのルーツは意外と深い。

【イノシシが意味するもの】
摩利支天はイノシシの背に乗る唯一の護法神である。
また三つの顔を持つ摩利支天はそのうちの一面がイノシシの顔になっている。
いったい何ゆえに摩利支天とイノシシが結びつくのだろうか。

摩利支天の素早く疾駆するさまをイノシシに喩えたというのが一見まっとうな理由のように思える。
現に各寺院でもイノシシは摩利支天の眷属であり、智慧の迅速さや勇敢さをあらわすものと説明される。
しかし経軌の中には「猪車に乗りて立つこと舞踏の如し(『大摩里支菩薩経』)などと説明されることもあるが基本的にあまりイノシシのことは詳しく記されていない。
摩利支天が日本にもたらされた後にこのように理解されていったのかもしれない。

おそらく両者のつきあいは経典の成立よりもはるかに時代を遡らなければその源泉に辿り着くことはできないのではないか。
それに多くの日本人が抱くイノシシのイメージが普遍的なものであるとも限らない。そこでもう少しこの問題を掘り下げてみよう。

摩利支天のふるさとインドや西アジアでもイノシシ(野猪)は古くからなじみの深い動物だったようで、森に住むイノシシは古くから狩猟の獲物とされ、しばしば神話や美術工芸品のモチーフにも登場する。
古代インドでは、イノシシ(ヴァラーハ)は根本神ヴィシュヌの化身のひとつでもあった。
さまざまな姿に変化したヴィシュヌはイノシシに姿を変え、海に沈んでいた大地を救いあげたという。
マーリーチー(摩利支天)は、このヴィシュヌのへそに芽生えた蓮から生まれた創造神ブラフマー(梵天)の子だといわれる。
イラン神話の英雄神ウルスラグナ(バフラーム)もまたヴィシュヌのようにイノシシに姿を変えて光明神ミスラを先導したといわれる。
こうした偉大な神の化身と摩利支天とを結ぴつけることで暗にその出自の正統性を強調しようとしていたのかもしれない。
あるいは摩利支天が光明を司ることから西アジアの光明神との関わりが深く、またヴァラーハという語が水に関わる神を指すことなどから摩利支天とイノシシとは水と光明を通じて結ばれたのではないかとの指摘もある。
このように摩利支天とイノシシとのつきあいは古く、古代インドやイラン神話にまで遡っていくのである。


◯摩利支天(マリシテン)の猪

摩利支天像は、三面六臂で、走駆する(七頭の)猪に乗っているとされるものが多い。 ここから、猪が神使とされた。

【摩利支天(マリシテン)と猪】
摩利支天は陽炎(カゲロウ)を神格化した女神で、陽炎のように目に見えなくとも常に身近に居て、月日に先立って進み、進路の障害になるものや厄を除き、ご利益を施してくれる。
武士の間でも戦勝の神として信仰され、出陣に際しては鎧の中に秘めてお守りとされた。
軍神とされる一方、五穀の結実を豊かにする農業の神ともされる。
摩利支天像は、三面六臂で、走駆する猪に乗っているとされるものが多い。
ここから、猪が神使とされた。

【「丸彫りの摩利支天」像】
鎌倉・材木座の「五所神社」に、素晴らしい「丸彫りの摩利支天」像がありました。
こんなに良く出来た丸彫りで、無傷な石像はめったに見ることが出来ませんので、追加掲載します。
「三面六臂で、走駆する猪に乗っている」姿が良く表現されています。

【本法寺 摩利支尊天堂】
久遠院日親上人の開基、現在は日蓮宗一致派大本山。 本阿弥家の菩提寺で、光悦作といわれる「巴の庭」が有名。
茶道家元の裏千家の今日庵や表千家の不審庵に隣接している。 境内の麻利支尊天堂に麻利支天の神使の猪像がある。
明治30年(1897)  
京都市上京区小川通寺之内上ル本法寺前町617 市バス「堀川寺之内」下車

【建仁寺 禅居庵(摩利支尊天堂)】
開山清拙正澄禅師(元の禅僧)は、1326年(嘉暦元)北条高時の詔で、中国から日本へ渡るに際に、清浄の泥土で「摩利支天像」を作り袈裟に包んで持ってきて、これを当地に祀った。
建立は1333年(元弘3)年。
禅居庵の摩利支天はお堂の周りを回りながら願をかけると必ずかなうといわれ、特に開運、七難除けに霊験があるとされる。
この堂(庵)には、上記拝殿前を含め、神使としての猪像が4対ある。

【南禅寺聴松院】
南禅寺は臨済宗南禅寺派の大本山。
1291年(正応4)に亀山上皇の離宮を寺にしたのが創起。 創建時の伽藍などは焼失し、桃山時代のものが残る。
また、藤堂高虎が1628年(寛永5)に建てた三門は、歌舞伎「楼門五三桐」の中で石川五右衛門が楼上で「絶景かな、絶景かな」と見得を切る場面で有名になった。
南禅寺の聴松院は「大聖摩利支尊天」を祀る。 猪の像が対でおかれている。
京都市左京区南禅寺福地町 地下鉄東西線蹴上駅歩5分


◯和気清麻呂の猪

清麻呂は、道鏡の追っ手に足の筋を切られたが、突如現れた三百頭の猪に助けられた。
この故事に因んで猪が神使とされた。

【宇佐神宮〜弓削道鏡の神託事件】
弓削道鏡は、称徳天皇の寵愛を受け、太政大臣に、さらに法王にまでなったが、終には皇位を望むようになった。
そこへ「道鏡を皇位につければ國平らかにならん」と宇佐神宮の託宣があったと伝えられた(景雲3年−西暦769年)。
このことを耳にした称徳天皇は和気清麻呂に神託の真偽を確かめに宇佐神宮へ行くよう命じた。
宇佐から帰った清麻呂は、「皇室の血筋でない道鏡は掃(ハラ)い除くべし」とする宇佐神宮の神託を持ち帰って朝廷に直奏した。

すると、これに怒った道鏡は、清麻呂を大隈(鹿児島)に追放し、追っ手を出した。
清麻呂は、道鏡の追っ手に足の筋を切られたが、突如現れた三百頭の猪に助けられ、猪に警護されて宇佐神宮に再度到り、足を治癒することが出来た。
その後、光仁天皇が即位し、天皇家は安泰となり、道鏡は下野国に流され、清麻呂は平城京に呼び戻されて、平安遷都などに尽力した。
和気清麻呂は、交通安全の神・学問の神・建築の神として信仰されている。
上記に因んで、和気清麻呂を祀る「護王神社」や「和気神社」、「足立妙見神社」などには、霊猪(神使)として猪像が置かれている。
なお、清麻呂が京都の鎮護として、愛宕山に創設した「愛宕神社」の神使も猪とされる。

【護王神社】
和気清麻呂と和気広虫姫命(清麻呂の姉)を祀る。
霊猪(神使)として、一対の猪像が拝殿の前にある。 和気清麻呂とこの神社の猪は旧拾圓札になって、「いのしし」とよばれた。
本殿前の招魂木(オガタマノキ)の根本に、願かけ猪の石像が有り、 「座立亥串」と呼ばれる願かけの串がたくさん刺し立ててある。
明治23年12月建之 
京都市上京区烏丸通下長者町下ル桜鶴円町 市バス・地下鉄:烏丸丸太町、歩10分

【和気神社(岡山・和気)】
和気清麻呂や姉の和気広虫姫命など和気氏一族の九祭神を祀る。
和気神社は明治42年付近の小祠を合祀し、大正3年、社名を猿目神社から和気神社に改称した。
京都の護王神社の猪像は明治23年奉納だが、和気清麻呂の生まれ故郷の、この神社の猪像は平成に入ってからのもので新しい。

【足立山妙見宮(御祖神社)】
和気清麿公創祀にかかる全国唯一の神社で、清麿の足が治ったことから、足の神様で知られる。
清麿が猪に助けられたことに因んで、神使の猪像一対が奉納されている。
弓削道鏡の怒りをかって大隅国(九州)へ追放された和気清麿は、追っ手に足の筋を切られたが、多数の猪に助けられて、再度、宇佐神宮へ詣でることができた。
神宮の神告にしたがって、現在の小倉区足立山の麓の石川村(湯川町)の霊泉に入ると足はたちどころに治った。(このことから、足立つ=足立の名の起こりとされた)
清麿は数日後、山上(足立山)へ登り、造化三神(北辰尊妙見菩薩)に皇統安泰を祈った。
これが社の創祀とされる。宝亀元(770)年。
福岡県北九州市小倉北区妙見町17-2
小倉駅・小倉バスセンターより 西鉄バス8,9,27,28,29で黒原1丁目下車


◯岡太神社の「恵比寿大神と静止(しし=猪)」

恵比寿大神がこの社で五穀豊穣をもたらす猪(静止・しし)打ち神事をしたと伝えられる。
災害を未然に防止する意の静止(しし)を猪(しし)にかけたもので、猪は大神の使いといわれる。

【岡太神社】
岡太神社は、延喜式内社で、「おかし(岡司)の宮」ともよばれ、主祭神に天御中主(アメノミナカヌシ)神を祀る。
西宮神社(全国のえびす神社の総本社)に鎮座する恵比須大神は、武庫の沖から来られ、最初、鳴尾(ナルオ)で祀られていたとの口碑がある。
この小松地区では、その鳴尾の恵比須大神が毎年正月九日の夕に押照宮(岡太神社)で高潮や洪水などの災害を未然に静止(防止)して五穀豊穣をもたらす「猪(静止・しし)打神事」をされると伝えられ、神事の妨げにならないように斎籠(イゴモリ)をする風習があった。(小松はもと鳴尾の大字の一つだった)
災害を未然に防止する意の静止(しし)を猪(しし)にかけたもので、猪は大神の使いといわれる。
岡太神社は境内の摂社に恵比須神を祀る。
彫刻家・柏木秀峰作の静止像(十二支の亥・猪像)の一対がある。
昭和61年(1986)静止像 柏木秀峰(彫刻家)作
石匠 渡辺正之輔・柏木秀峰作(十二支の亥・猪像)
兵庫県西宮市小松南2-2-8
阪神電車「武庫川駅」徒歩4分


◯千手観音(千光寺)の猪

猟師に射られた猪は海を渡って、淡路島の山奥へ逃げ込んだ。
猟師が猪を追うと、胸に矢の刺さった千手観音があった。

【先山・千光寺】
千光寺は淡路島中央にあり、淡路富士ともよばれる先山(448m)の山頂に建つ。
(先山の山名はイザナミ・イザナギの二神が国生みのときに最初に創った山とされることに由来する)
千手観音を本尊とし、淡路西国八十八ケ所第一番の札所。

【千手観音(千光寺の本尊)とイノシシ】
「延喜元年(901)播磨の国の猟師忠太(藤原豊広)が播州上野の山中で為篠王(イザサオウ)という大きな猪を射た。
ところが、猪は傷つきながらも海を渡り、淡路島の山奥へ逃げ込んだ。 忠太が跡を追うと、先山の大杉の洞中に、胸に矢の刺さった千手観音像があった。
驚いた忠太は頭を剃り、寂忍(じゃくにん)と名を改めて仏門に入り、ここに観音像を祀る寺を建てた。」 (先山・千光寺略縁起より)
本堂の前の左右に、千手観音(千光寺)のお使いのイノシシ像がある。
兵庫県洲本市上内膳2132
JR神戸線「舞子駅」またはJR神戸線「三ノ宮駅」から
「洲本バスセンター行」バス「終点」下車、登拝口までタクシー約15分

亥のことわざ

◯山より大きな猪は出ぬ

大きな猪とは言っても山より大きなものはいない、誇張するにも程度あるという意味です。

◯龍生一子定乾坤、猪生一窯拱墻根

龍が一子を生めば天下を定めるが、猪(ブタ)が子供を1ダース生んでも、塀の土台を掘るだけ。

◯猪突猛進」(ちょとつもうしん)

猪のように激しい勢いで突進する。
融通がきかない人が向こうみずに事を進めることをいう。

◯猪八戒

ブタに天蓬元帥の魂が宿った神仙

亥のお話

◯ライオンとイノシシ

イソップ童話
 夏のある日、暑さで喉がカラカラに渇いたライオンとイノシシが、小さな泉に水を飲みに来ました。
 どちらが先に飲むかでケンカになり、しまいには生きるか死ぬかの取っ組み合いになりました。
 ところが取っ組み合いの途中で、両方がふとまわりを見てみると、ハゲタカがすぐそばに集まっているではありませんか。
 ライオンかイノシシか、先に殺された方をえじきにしようと待ち構えているのです。
 それを見て、ライオンとイノシシはケンカをやめてこう言いました。
「ハゲタカやカラスのえじきになるよりは、お互いに仲直りするほうがましですね」
 つまらないケンカや対立は、早く止める事です。
 なぜなら、そんな事を続けていれば、きっと両方ともひどい目に合うようになりますから。


◯ほらふき

江戸小話
 話の大げさな男が言いました。
「この前、山へ行ったら大きなイノシシが出てな、それがこっちに走ってくるんだ。  そこでおいらはあわてて、駆けてきたイノシシの角(つの)をがっちりと掴んだんだ。  角を掴むのがもう少し遅かったら、大変な事になっていたよ」
 するとそれを聞いた友だちが、あきれ顔で言いました。
「バカな事を言うなよ。イノシシに角なんか、あるわけないだろうが」
「えっ? ああ、そうだった。実は角じゃなくて、羽を掴んだんだ」
「またまた、バカな事を言う。イノシシに羽なんか、どこにある」
「むむむ。それなら、どこを掴もうか?」


◯イノシシとキツネ

イソップ童話  イノシシが木のそばに座って、せっせとキバを研いでいました。
 それを見たキツネが、不思議そうに尋ねました。
「猟師に追いかけられているわけでも、危険なわけでもないのに、どうしてキバを研いでいるのですか?」
「確かに、今は危険ではないので、キバを研がなくても大丈夫。  しかし、危険な事が襲いかかって来た時には、キバを研いでいるひまはないだろう。  めんどうでも、こうしてキバを研いでおけば、今すぐに危険が来ても、大丈夫なんだよ」
 このお話しは、危ない目に会う前に、日頃からしっかりと備えておく事が大切だと教えています。


◯カメとイノシシ

 

むかしむかし、カメはとても足が長くて背の高い動物でした。
 ある日の事、けものたちが集まって力比べを始めました。  その頃、力が一番強かったのはイノシシです。
 だからイノシシはいつも大いばりで、力比べの場所に来ると、 「エヘン、エヘン」 と、偉そうにしていました。
 さあ、これを見てくやしくなったカメは、自分もイノシシの真似をして、 「エヘン、エヘン」 と、やりました。
 これを聞くと、イノシシはますます大きな声を出して、 「エヘッン! エヘッン!」 と、やりました。
 すると、カメも負けじと、 「エッへーン! エッヘーン!」
 イノシシも負けじと、 「エッヘーン!!! エッヘーン!!!」
 二匹はにらみ合いましたが、カメが言いました。 「イノシシくん、ちょっと尋ねるが」
「何だい」  イノシシが、長い首をカメに向けました。
 その頃のイノシシは今と違って、とても首が長い動物だったのです。
「きみは、少しばかり力があるのが自慢なんだそうだね。・・・まあ、ぼくにはかなわないだろうけど」
 カメが言うと、怒ったイノシシが、 「何だとー! 踏みつぶしてやる!」 と、カメを甲羅の上から押さえつけました。
 押さえつけられたカメも足をふん張って頑張ったのですが、イノシシの力がよほど強かったのか、カメの足がギュギュギューと、だんだんと短くなっていったのです。
 おまけに硬いカメの甲羅もメシメシメシーと、ヒビだらけになってしまいました。
 それでカメの足は、あのふん張ったような短い足になってしまい、硬い甲羅もヒビだらけになってしまったのです。
「へへーん。ざまあみろ!」  勝ったイノシシは、うれしさのあまり勢い良く走り出しました。
 でも、よそ見をしていて前にあった大岩に激しく頭をぶつけてしまい、ギューーと、長かった首が縮んでしまいました。
 それでイノシシの首は、今のように短くなってしまったのです。


◯ほら吹き男爵 木の幹にきばを打ち込んだイノシシ

ビュルガーの童話
 わがはいは、ミュンヒハウゼン男爵(だんしゃく)。  みんなからは、『ほらふき男爵』とよばれておる。
 今日も、わがはいの冒険話を聞かせてやろう。  ある時、わがはいは森の中で、子牛ほどもある大イノシシに襲われた。
 突然の事で、鉄砲を構えるひまもない。  わがはいは大きな木のかげに逃げ込むのがやっとだったが、大イノシシは情けようしゃもなくキバをうならせて突進してきた。
「もう、だめだ!」  わがはいは観念して、目を閉じた。
 すると、そのとたん、  ズシーン! と、大きな物音とともに、わがはいが隠れていた木が大きくゆれた。
 おどろいて顔をあげると、なんとイノシシのやつはキバを木の幹に打ち込んで、それが抜けずにじたばたともがいているではないか。
「しめた!」  わがはいは踊りあがって喜ぶと、木の反対側に突き出たキバを石でたたいてひん曲げてやった。
 これで大イノシシは、もう逃げる事が出来ない。  わがはいは久しぶりの大物を運ぶ為に、我が家へと手押し車を取りに帰ったのだ。
 『イノシシに襲われた時は、大きな木のかげに隠れよう』
 これが、今日の教訓だ。
 なにしろイノシシという生き物は、前に向かっての突進は得意だが、横に回り込んだりするのが苦手だからな。
 では、また次の機会に、別の話をしてやろうな。


◯イノシシを退治した侍

静岡県の民話
 むかしむかし、伊豆(いず→静岡県の東部、伊豆半島および東京都伊豆諸島)の小さな村の竹やぶに、侍(さむらい)のお墓(はか)がありました。
 お墓のある竹やぶは、おいしいタケノコがとれるところですが、この季節(きせつ)になるといつもイノシシたちが先にやってきて、タケノコを食いあらしてしまうのです。
 楽しみにしていたタケノコをほとんどイノシシに食われてしまったので、お寺のお坊さんはくやしくてたまりません。
 そこでつい、侍のお墓にむかって、
「聞くところによると、むかしあんたは、いっぺんに何人もの悪人をやっつけたので、その勇敢(ゆうかん)な行いでほうびをもらったというが、死んでしまったらイノシシさえ追い払うことが出来んのか? わしの寺はまずしいので、ここのタケノコを売ってなんとかくらしておるのに、このざまではどうにもならん。そなえもののお茶も、もう出せぬ。今度こんなことがあったら、このお墓をこわしてしまうぞ!」
 坊さんは、墓をたたきながらいいました。
 その言葉をお墓の中の侍が聞いていたのか、次の日の朝、お坊さんが新しいタケノコを探しに竹やぶへいってみると、あの侍のお墓の前に、大きなイノシシが死んでいたのです。
 それからというもの、イノシシはこの竹やぶに近づかなくなりました。
 そして次の年の春からは、おいしいタケノコがたくさんとれるようになったという事です。


◯ワシとネコとイノシシ

イソップ童話
 ある樫(かし)の木のてっぺんに、ワシが巣を作りました。  そしてネコがその木の中間に、ちょうどいい大きさの穴を見つけて引っ越して来ました。
 さらにイノシシが木の根元の穴に、子どもと一緒に住み着きました。  ネコは上と下の住人を見て、こう考えました。
「ワシとイノシシか。力ではかなわないけど、うまく両方をぶつけてやれば」  悪巧みを考えたネコは、まずワシの巣へと登って行って、こんな事を言いました。
「大変です! あなた方と私の身に危険が迫っているのです。あなたもご存じのように、あのイノシシは毎日地面を掘り返していますが、あれはこの樫の木を根っこから倒してしまおうと考えているからです。そして我々の家族が落っこちたら、捕まえて子どもたちへの食料にしようとしているのです!」
「ええ! なんて事でしょう!」  ネコはワシに恐怖を吹き込むと、今度はイノシシの所へ下りて行って、こんな事を言いました。
「大変です! あなた方に、大変な危険が迫っています。ワシの奴が、あなたが子どもたちと穴から出ようとするところを狙っているのです。あなたたちがえさを探しに穴から出たら、すぐさま一匹をさらってしまおうと考えているのです」
「ええ! なんて事でしょう!」
 ネコはこの様に、イノシシにも恐怖を吹き込みました。
 ワシはイノシシが木を倒すのではないかと恐れて、えさも取りに行かずに一日中外を見張り続けました。
 するとイノシシは見張っているワシに怯えて、巣穴から出て行く事が出来ません。
 やがてワシとイノシシの家族は飢え死にして、ネコとその子どもたちの栄養となったのです。
 人の話を信じすぎると、このワシやイノシシの様に、不幸な事になるかもしれませんよ。


◯ほら吹き男爵 イノシシの親子

ビュルガーの童話
  わがはいは、ミュンヒハウゼン男爵(だんしゃく)。 みんなからは、『ほらふき男爵』とよばれておる。
 今日は、すこし良い話を聞かせてやろう。 ある深い森の中で、わがはいはイノシシの親子を見つけた。
「これは、よい獲物だ」 イノシシの肉は食べると体が温まるので、寒い冬にはもってこいだ。
わがはいはすぐに鉄砲を構えると、狙いを付けて引き金を引いた。
ズトーン!
しかし名人でも、時には失敗をする。
鉄砲の玉はどこかへと飛んで行き、その音にびっくりしたイノシシの子が一目散に逃げて行った。
だが、なぜか母親の方はそこに立ち止まったまま、一歩も動こうとしない。
「はて、なぜ逃げないのだろう? ・・・おや?」
よく見ると、この母親は目が見えず、口にイノシシの子の尻尾の切れはしをくわえていたのだ。
イノシシの子は自分の尻尾を目の見えない母親にくわえさせて道案内をしていたのだが、どうやらわがはいのはずれ玉が、そのイノシシの子の尻尾の中ほどを切ってしまったらしい。
だから母親は、動く事が出来ないのだ。
「ああ、何と美しい、親子の愛情だ」 わがはいの目から、思わず涙がポロリとこぼれた。
「まったく、玉が当たらなくて良かったわい」
もしも親子のどちらかに玉が当たっていたら、残った方から残酷な人間とうらまれたに違いない。
「おふくろさん。おどかして、すまなかった。もう二度と狙わないから、元気で暮らせよ」
わがはいは、まだ食べていないお昼のお弁当を母親の前に置くと、その場を後にした。
そして、やがて戻ってきたイノシシの子と母親は、わがはいのお弁当をおいしそうに食べると、母親は短くなったイノシシの子の尻尾を再びくわえて、森の中へと入って行った。
『親子の愛はこの世でもっとも美しい物で、なんびともそれを引き離してはいけない』
これが、今日の教訓だ。 では、また次の機会に、別の話をしてやろうな。


◯イノシシと馬と猟師

イソップ童話
 イノシシと馬が、同じ野原で暮らしていました。
 イノシシがいつも草を踏み荒らすし、小川の水を汚すので、馬はこらしめてやろうと思って猟師に、 「あのイノシシをやっつけたいから、手伝いをして下さい」 と、頼みました。
 すると猟師は、 「お前がくつわをつけて、わたしを背中に乗せなければ、手を貸すわけにはいかないよ」
「はいはい。その通りにしますから、よろしく」
 そこで猟師は馬にまたがってイノシシをやっつけましたが、その後、馬に乗ったまま自分の家に帰って馬を小屋につないでしまいました。
 協力を頼む相手は、慎重に選びましょう。


◯クジラとイノシシ

鹿児島県
昔々の大昔、クジラは山に住んでおりました。クジラは腹が空けば、その巨体で獲物を追いまくり、山を崩し川をせき止め、大暴れに暴れていたので、山の神様はほとほと困っておりました。
一方、イノシシは海に住んでおりました。イノシシは泳ぎが下手で、いつも狩りをしくじって腹を空かせていたので、海の神様はイノシシの事をたいそう哀れに思っておりました。
そこで海の神様と山の神様は相談し、イノシシとクジラを取りかえる事にしました。山の神様に連れられたイノシシは、「俺は山の中で何を食べたら良いですか」と神様に聞きました。
「イノシシよ、お前さんは海で何を食べておったのかね?」
「俺は海ではエラブウナギ(海ヘビ)を食べておりました」
「では、エラブウナギに良く似たマムシを食べる事にしなさい」
以来イノシシはマムシを見つけると大喜びして、その周りを七廻りもぐるぐる回って、それから食べるのだそうです。

一方のクジラはと言うと、広い海に出て大喜び、あっちこっちで魚を追いかけまわしておりました。
ある時、クジラがシャチの群れを追いかけまわしているのを海の神様が見つけました。
その頃、シャチの歯はすだれのような形をし、海の小さな魚を濾しとって食べておりました。
海の神様はクジラの大食いに呆れ、また追われるシャチが可哀想になり、シャチの歯とクジラの牙を取り変えてしまいました。
そしてシャチに「若しもクジラが海で暴れる事があったら、襲いかかって痛めつけてやれ」と命じました。
以来クジラは以前の暴れぶりも何処へやら、小さな魚を濾しとって食べる弱い生き物になってしまいました。
そして少しでも暴れるそぶりを見せるとシャチの群れに追いかけられるようになりました。
時折、砂浜にあがって身動きが取れないクジラがありますが、あれはかつて住んでいた陸を恋しがっているのだそうです。


◯亥の子まつり

熊本県
地主のたくらみにはまって死んだイノシシの話
昔、天草のある村に、金貸しの地主とその娘が住んでいました。この地主が持つ土地にはでっかい大岩があって、動かすこともできずいつも苦々しく思っていました。
ある時、「大岩を動かした者には娘を嫁にやる」と、村中に触れ回りました。しかし、地主の娘など誰も欲しがらず、一匹のイノシシだけが集まってきました。
怒った地主は「娘と全財産をやる」と村中に触れ回ると、今度は大勢の力自慢の男たちが大集合してきました。
しかし、どんな怪力の大男にもこの大岩を動かせず、結局あのイノシシだけが岩を動かしてしまいました。
さずがの地主も今さら断るわけにもいかず、仕方なく娘に晴れ着をきせて、嫁に出すことにしました。
喜んだイノシシは、娘を背中に乗せて山に向かって走り出しました。
しばらく走った所で、娘は晴れ着のたもとから火打石を取り出し、イノシシの背中に敷いていたワラに火をつけました。火だるまになったイノシシは、崖から落ちてそのまま死んでしまいました。
この話を聞いた村人たちは「いくらなんでもイノシシが可哀そうだ」と言って、旧暦10月最初の亥の日に、亥の子祭りを行うようになりました。


◯猪と月

福岡県
山に住む動物達が、夜の暮らしを見守って下さるお月さまに感謝の意を示そうと、色々な芸を行ってお月さまに観て貰おうと言う事になりました。
動物達が銘々、自分の得意な芸の話をしている中、猪だけは「俺にはお月さまに観て頂く芸がない」としょんぼりしています。
それを観た動物達は「お月さまに怒られても知らないぞ」「芸なしは仲間にしないよ、早く帰りな」と猪をのけ者にしました。
猪は住処に戻って、弟の猪に事の次第を話し「お月さまに申し訳ない」と泣きました。すると弟の猪は「兄貴、俺達にだってできる事があるさ」と言いました。
さて十五夜の晩、動物達はお月さまに観て頂く為に色々な芸をしました。兎は杵つき踊り、狸は腹つづみ、狐は狐火を操る芸を、猿はそれらの芸をそっくり猿真似して見せました。
でもお月さまは少しも喜んだ素振りを見せませんでした。動物達は「どうすればお月さまは喜んでくれるんだろう」とすっかりしょげてしまいました。
ところで、その反対側の山では、猪兄弟がお月さまに向かってこう言いました。「俺達、何も芸がないけど、せめて力いっぱい相撲を取ってお見せしますので、どうか観て下さい」

そして、猪兄弟は山の頂の台地を土俵に見立て、力いっぱい相撲を取りました。その一生懸命さにお月さまは熱心になって観ておりましたが、やがて「わっはっは、のこったのこった!」と大きな声で笑いました。
これを観た他の動物達は面白くありません。「なんで相撲ごときが面白いのか」「下品なばかりでちっとも楽しくないじゃないか」と文句を言いました。
するとお月さまは動物達に向かって「自分の自慢ばかりして他人を貶めてはならん!例え芸がなくとも一生懸命相撲をとって見せる、この姿勢こそが大事なのだ」と言って叱りました。
それからも、十五夜の夜には猪兄弟による奉納相撲が、山の台地で度々行われたと言う事です。

イノシシのキャラクター

◯イシシ、ノシシ

かいけつゾロリに登場する双子の兄弟

◯プンバァ

ライオンキングの主人公シンバの命の恩人。
ミーアキャットのティモンの相棒

◯乙事主(おっことぬし)

人語を理解する鎮西(九州)の猪神。齢500歳の最長老。
この度、シシ神の森の異変を感じ、ほかの猪神をつれて、海を渡り、 人間達に大攻勢をかける。

◯猪王山

映画『化け物の子』に登場する強さ、品格ともに 一流と認めるバケモノ。
数多くの弟子をもち、次期宗師の最有力候補。 メインキャラ熊徹[くまてつ]のライバル

◯猪八戒

『西遊記』に登場する豚の妖怪。

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