子(ねずみ)

子 干支の由来

すぐに子ねずみが増え成長することから、子孫繁栄の意味があります。

行動力と財

ねずみは、どんどん子供を生んで数を増やしていきますよね。 (「ネズミ算式に増えていく」という表現があるくらいですから…) 風水では「子孫繁栄」を象徴する動物として捉えられています。 また、「寝ず身」=「働き者」という意味にも解釈され、 財を蓄えるシンボルとしても有名です。 子宝を望む方、財産を増やしたい方は ネズミの風水グッズを部屋の北側に配置すると良いでしょう。

この「子」というのは、「根(ね)」の事で、草木の種が発芽の準備をし始めるスタートの時・・・冬至を含む12月(旧暦の11月)の事を、こう呼びました。

十二支にそれぞれの動物が当てられるようになったのは、戦国時代(中国の戦国時代なので紀元前400年頃です)からで、これは文字を読めない人々のために、絵で月を表すよう考え出された物で、本来の月の名前が持つ草木の様子と、動物の特徴や雰囲気を当てはめたものなのです。

「冬至という陰と陽の別れ道=すべてが0になって新しくスタート」するという事で、「前足の指が4本で後ろ足の指が5本=五陽四陰の動物=ネズミ」という事でネズミになったそうです。

子の動物:ネズミ

  • 子の月:旧暦11月
  • 子の時刻:深夜0時を中心とする約2時間
  • 子の方角:北
  • 五行:水気
  • 陰陽:陽
  • 意味:新しい生命が種子の中に萌し始める状態を表します。

干支の由来の話を聞くと、ネズミの性格があまり良くなさそうです。 猫を騙したり、牛の背中に乗って行って他人を利用して一番をとったり。 狡賢いイメージを持ってしまいます。 けれど、ネズミは世界でも人気のある動物です。 アニメなどでも様々なキャラクターに使われていますし、ミッキーなんて世界で知らない人はいないぐらい有名です。 昔からネズミは人々にとって身近な動物でした。 穀物を食い荒らされたりしても、それでも憎まれないだけの魅力があるのでしょう。 今でも周囲に目を遣れば、新宿の街中や都心の地下鉄の線路脇などでも見かけます。 ハムスターもネズミの一種です。 ネズミはそれほど飼育されていませんが、ハムスターはよくペットショップなどでも見かけます。 ハムスターを飼育するためのカゴに、よく回し車を見かけます。 走って回す遊具です。 ハムスターは本来よく走り回りますが、カゴの中だけで生活していると、運動不足に陥ってしまいます。 そのため、回し車で運動不足を解消しているのです。 ちなみに、ハムスターたちにはそれは遊具ではなくて、実際にそれだけ走っているように思っているのだそうです。 よく見てみると遊んでいるようには見えません。 全力で走っています。 普通のネズミも、回し車があれば全力で回します。 その姿を見ていると、猫を騙したりはできなそうですよね。 そんなに賢そうには見えませんから。

12支は、元々方角や年月を表すのに使われていた漢字です。 それを覚えやすいように、動物をそれぞれに当てはめた、と言われています。 子(ね)というのはそもそも孳という字で、ふえるという意味を持っています。 そこに子供が増えていくねずみを当てました。 ねずみ算とかねずみ講とか言うように、ねずみには増えていくという意味があります。 その生命力が縁起が良いとされ、子孫繁栄、家族繁栄すると言われています。 また、ねずみは災害に対する予知能力があると言われていました。 火事などの災害を予知して避難します。 そう信じられていたので、『鼠がいなくなると火事が起きる』『ねずみは火事になりそうな家には住み着かない』という言葉まであったのです。 また、大国主命の命を救ったとされ、七福神の大黒様の使いにもされています。 今でこそあまりねずみが住み着いている家はありませんが、縁起の良い生き物なので、見つけても駆除するのはいささか気が引けてしまいます。 ねずみは家に福をもたらしてくれるのですから。


子の神様

◯大豊神社の狛鼠〜オオクニヌシとねずみの関係

京都・銀閣寺から南禅寺まで続く、琵琶湖疏水沿いの哲学の道にある大豊神社・・・
この大豊神社の中にある末社の大国社の両脇には、狛犬ならぬ、かわいい狛鼠(こまねずみ)がいるのです。

玉ねずみは、安産・長寿・豊穣。 巻物ねずみは学問成就のご利益があるそうです。
ところで、この大国社・・・ その名前でおわかりの通り、あの大国主命(おおくにぬしのみこと)を神とする神社です。
そこに「狛鼠」いるわけで、このねずみは、大国主神の使いという事になるのだそうです。
オオクニヌシと言えば、あの『因幡の白うさぎ』を思い出してしまいますが、意外にも、このねずみとも関係か深いのです。
それは、『古事記』の中・・・その「因幡の白うさぎ」のお話の後に出てきます。

♪大きな袋を肩にかけ〜大黒(大国)様が来かかると   そこに因幡の白うさぎ〜皮を剥がれて赤裸♪

最近は、あまり歌われなくなった「だいこくさま」の歌ですが、有名な神話なので、歌を知らなくても、このお話は、よくご存知だと思います。
そもそも、オオクニヌシが因幡(鳥取県)に大きな荷物を持ってやって来たわけというのは、80人(多い・・・)のお兄さんの荷物持ち(一人で持てんやろ)
その80人のお兄さんたちは、「因幡にヤカミヒメ(八上比売)というメッチャ美人がいる」というのを聞きつけて、80人全員が彼女に結婚を申し込むために、因幡へ旅をする事になります。
・・・で、日頃から、この兄貴たちにいじめられていたオオクニヌシが「荷物持ちとして着いて来い!」と言われてついて来て、例のうさぎに出会って、うさぎを助けたというわけです。
そして、その後、80人の兄さんたちは、ヤカミヒメにプロポーズしますが、姫の返事は・・・ 「アンタたちなんてキラ〜イ!私は、男前のオオクニヌシと結婚する〜!」 と、ピシャリとフラれてしまいます。
激怒した兄貴たちは、「アイツさえいなければ・・・」と、一斉にオオクニヌシを攻撃!
死にかけ・・・いや、一旦、死んでしまったあと、母の愛で快復したオオクニヌシは、「このままでは危険だから(相手80人やもんなぁ)、おじいちゃん所へ行きなさい。
きっと良いアイデアをくれるわよ。」という母の助言に従って、祖父・スサノヲノミコト(須佐之男命・古事記では6代前の祖先)のいる黄泉(よみ)の国へと逃走します。
もちろん、ヤカミヒメと結婚の約束をして・・・。
根国(ねのくに・黄泉の国の別名)に着いたオオクニヌシは早速、スサノヲの宮殿へ・・・。
すると、出迎えてくれた宮殿の受付嬢・スセリビメ(須勢理毘売)が、メッチャかわいいじゃあ〜りませんか!
スセリビメとしても、人も寄りつかないような辺ぴな場所での受付業務に、いいかげん飽き飽きしていた所へ、目の前に現れた男は80人の兄貴の上をいく、超イケメンのオオクニヌシ・・・久々の大ヒットですから、これまた一目惚れ。
ふたりは、その場で恋に落ち、その場で一発・・・・
(ヤカミヒメの立場は・・・?)
そして、スッキリしたオオクニヌシは、そもそもの目的だったスサノヲに会うのですが、なぜか、スサノヲはオオクニヌシを蛇だらけの部屋に一泊させます。
だって、スセリビメはスサノヲの娘ですから、オヤジに挨拶する前に、手ぇつけるなんざ・・・そりゃ、オヤジもカンカン。
スサノヲの仕打ちも、わからんでもありませんが、もう、すでに、彼まっしぐらのスセリビメは、「このままでは、彼氏の命が危ない!」 と、ばかりに、蛇を追い払う「魔法のひれ」を手渡します。
そのひれに助けられ、翌朝、無事に部屋を出てきたオオクニヌシでしたが、2日めの夜、今度はムカデと蜂の部屋に泊まらされてしまいます。
しかし、またもやスセリビメの渡したムカデと蜂用の魔法のひれで助かります。
そして、次ぎにスサノヲは、矢を一本、果てしない野原の中に射込んで「あれを取って来い!」と命令します。
健気にも、その命令どおり、野原へ向かうオオクニヌシ。 期を見計らって、彼のまわりに火を放つスサノヲ。
気がつけば、オオクニヌシは360度の火に囲まれてしまっていました。
さすが、のオオクヌヌシも今回ばかりは絶体絶命・・・諦めかけたところに、現れたのが一匹のねずみでした。(やっと出た〜)
「内はほらほら、外はすぶすぶ・・・」と、洞穴なら安心だと教えてくれます。
草を掻き分けて見ると、そこには、うつろな洞穴が・・・ そこに、身をひそめていると、炎は上を通りすぎて行き、オオクニヌシは助かったのです。
しかも、オオクニヌシが持って帰らなければならない、あの矢を・・・ねずみたちの親が矢の鏑(かぶら)の方を、子が羽根の方を持ってきてくれたのです。
一方のスサノヲは、あまりの激しい炎に「さすがにこれでは生きていないだろう」と思いながら・・・そして、スセリビメも葬式の道具を持って泣きながら、その焼け焦げた野原へとやってきます。
しかし、そこには、命じられた矢を高々と差し出す爽やかイケメンヒーローの姿が・・・。
・・・て、事は、ねずみは大国主神の使い・・・というよりは、恩人・・・いや、恩鼠ですやん! という、疑問は置いといて、こういう経緯で、オオクニヌシとねずみには密接な関係があるのです。
結局、この後、スサノヲの眠っているすきに、おじいちゃんの宝物コレクションの数々を手に、スセリビメと駆け落ちするオオクニヌシ君。
気づいて追ってきたスサノヲは、咎めることなく「幸せに暮らせよ〜」とお見送り・・・おじいちゃんの数々の意地悪は、かわいい孫に与えた試練・・・って事なんでしょうか?

しかし、本当の試練はここからです。 そう、国に戻れば、結婚の約束をしたヤカミヒメがいるじゃあ〜りませんか!
どうするんです?オオクニヌシ君。
・・・と、ここで、帰宅したオオクニヌシ君、早速、何事もなかったかのように、ヤカミヒメと寝所でシッポリ・・・。
でも、何事もなかった事にできないのが女の嫉妬という物で、当然のごとく激怒するのは、スセリビメ。
結局、スセリビメのしつこいまでの嫉妬に嫌気がさしたヤカミヒメは、オオクニヌシとの間に生まれた子供を隠して、実家に帰ってしまったとさ。
燃え盛る炎から脱出した爽やかヒーローが、一転、ドロドロまみれの昼ドラヒーローになっちゃいましたね・・・。


◯神ネズミと唐猫様

昔、むかし、南条村の鼠宿のあたりに恙虫という毒虫がはびこり、村人たちを大層苦しめた。
この虫は、明るいうちは暗い屋根裏部屋に潜んで夜になると動きだし、寝ている人に食いついては血を吸い取る。この虫に刺された者はたちまち高熱を発し、三日三晩苦しんだあげく死んで いく。
あちらの家では生まれたばかりの乳児が、こちらの家では一家の大黒柱の父親と、犠牲者が後をたたなかった。このままでは恙虫で村が全滅してしまうと村の長老たちが寄り集まり、退治する方法をあれやこれや考えた。が、どれをためしてみてもうまくいかず、最後は神頼みとばかり、村人総出で村の神社に願かけに行った 

 ある晩のこと、村外れの洞くつの近くを通りかかった若者が、白い大きな動物が走り去るのを目撃した。翌朝早く村人たちと一緒に洞くつにきてみると、描のように大きな白ネズミがスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てていた。
このネズミが村に現れてからというもの、恙虫にやられたという声をばったり聞かなくなった。
「あのネズミが恙虫を一匹も残さず食べてくれたんだ。きっと神様が遣わしてくれた神ネズミに違いねえ。」
感謝した村人たちは、岩穴に立派な祠を建てネズミの好物をお供えして、それはそれは大切にお祀りした。
ところが、おいしいものばかり食べて楽をしていたネズミは、さらに身の丈が四尺五寸(約一三六センチ)もある大ネズミになり、人里に出てきては畑の作物を食い荒らし、揚げ句の果ては人や馬にも手を出す始末。
一難去ってまた一難。お世話になった神ネズミ様とばかりも言っていられなくなり、何か良い手立てはないものかと、また村の長老たちが集まり知恵をだしあった。
この大ネズミを退治できるような大猫は日本中どこを探してもいなかった。一人の古老が、唐の国に住むという大きな猫に頼んでみてはどうかと提案した。

 はるばる唐の国からやってきた大猫を目にした村人たちは、皆口々に「この唐生まれの唐猫様は、まるでウシのようだ」と言い、さっそく神ネズミのいる岩穴へ唐猫様を連れていった。
急に外が騒がしくなったのを不思議に思った神ネズミが岩穴の外へでてくると、そこには今まで見たこともない大猫が今にも飛びかかろうと爪を磨いているではないか。
ネズミは肝をつぶして岩にかけ登り懸命に逃げたが、会地の近くで唐猫に追いつかれた。唐猫は神ネズミに襲いかかり首にかみついた。
神ネズミはあまりの痛さにおもわずそばの岩にカブリとかみつき食いちぎってしまった。
そのとたん、かみ砕かれたところに、一気に湖水が流れ込んできて、ネズミも唐猫もともども流れにのみ込まれてしまった。

 さて、流れにのみ込まれた唐猫は自力で篠ノ井の塩崎にたどり着いたが、神ネズミのほうはとうとう上がってこなかった。
唐猫のお陰で村に再び平和が戻ってきたのを感謝して人々は、塩崎に唐猫神社を造り手厚くお祀りし、一方、悪さはしたが、恙虫を退治して村を救ってくれた神ネズミも同じように鼠大明神として岩鼻に祠を建ててお祀りした。
この祠があったところが、現在の半過の岩鼻の中央部にある半過の穴であるという。
また、この神ネズミに岩がかみ砕かれてできた流れが千曲川で、ネズミに食いちぎられて残ったところが、この千川を隔てて相対している断崖で、現在、半過の岩鼻と塩尻の岩鼻であるという。
塩尻という地名もここが大湖の北端であったので「湖尻」から転じたそうな。


◯太陽の神様は鼠の王様だったのです。

ギリシャ十二神のアポロン様。 太陽神。
すこぶる美青年。 金髪の巻き毛で碧眼。
ひらひらした衣装で、片手に竪琴。 お花畑でニンフ達と一緒に音楽を奏でてあははうふふ。

これが私の中でのアポロン様でした。 しいて言えば、ヤサ男系のイメージです。
暴力を好まず芸術を愛す。 そんな感じです。 ところがどっこい。本当のアポロン様は、ギリシャ十二神の中で、最も恐れられた神様だったのです。

予言。
裁定。
神罰。
疫病。
死。

そして何より、どの神よりも厳しい断罪の神。
神に逆らった者に対しての断罪の度合いは、他の神様を寄せつけません。
それはもう、アポロン様に音楽の勝負を挑んだ者に対しては、「神に挑もうとした罪」として、生きたまま生皮を剥がす程です。
それは都市国家秩序に関して厳しかった古代ギリシャ人が敬愛してやまなかった、神様の姿なのですね。

実はアポロン様のイメージは、ルネッサンス時代に作られた、全く後付けの創作ものなのだとか。
ルネッサンス時代に描かれたギリシャ神話をモチーフにしたものは、ハリウッド映画がトンデモ日本映画を作り出すのと同じで、殆どが時代的文化的考察がゼロ。
つまり、「オーディエンスに伝わり易く」をモットーにして、かなりの主観的観念から作られ、信憑性等の価値観には囚われなかったんですね。
だから、ルネッサンスのイメージと、実際のギリシャ神話とは掛け離れている事が多いのですよ。

そもそもアポロン様は、太陽神ではございません。 当然、妹のアルテミス(ローマ名でダイアナ)も、月の女神じゃありません。
これが出て来たのは、中世のヨーロッパからなんだそう。 太陽神はヘリオス、月の女神はセレネです。
アポロン様と太陽を結び付けるものは、何一つ無いのだそう。 太陽神でなくアポロン様には、「鼠の王」と言う別名があったのです。

アポロン様が司る大事な役割の一つである疫病。 つまり疫病を広げる鼠達の長と言う訳なのです。
アポロン様に逆らったり、アポロン様に使える司祭等を侮辱した際には、アポロン様が銀の矢を放って降らせます。
アポロン様には銀の矢、アルテミスには金の矢と言うアイテムがございますが、彼等の矢は疫病を象徴し、それに触れた人間達は病に倒れて命を落とすのです。
その神罰の重さは、一国を滅ぼす程。病と死を司る神様でもあったのですね。
そしてもう一つアポロン様の大事なお役目は、予言の神と言う事。
アポロン様の神殿のあるギリシャのデルフィー(Delphi/デルファイ?)には神託所があり、かつて古代の王達は、何か重大な局面を迎えると、皆デルフィーに行って神託を仰いだのだそうです。 ただしこの神託は、有り難いものであると同時に、神託を仰いだ人間自身を裁定する試練も含んでいるのです。

デルフィーの神殿には刻んであります。
「己自身を知れ(Know yourself)」 「過ぎたるは及ばざるがごとし(Nothing too much)」
つまり受け取った神託は、己自身の器と照らし合わせて踏まえてみろと言う事なのでしょうね。
昔神託を仰いだ王様がいました。 「ペルシャ帝国に勝てるでしょうか?」
答えはこうでした。 「今戦争を起こせば、偉大なる国を滅ぼすでしょう。」
王様は喜んで戦争を始めました。 そして王様は偉大なる国、自分の国を滅ぼしてしまったのです。
神託の場とはつまり、神の元で己自身と向きあう場所だったのでしょうね。
キリスト教文化の元で作られた中世欧州圏でのギリシャ神のイメージは、宗教とは掛け離れたきらきらとしたファンシーなお伽話。
しかしあくまでも、ギリシャ神達は古代ギリシャにおいては信仰の対称。道徳観念な社会的価値観や世界観の原点だったのですね。
だから神々の神話も聖書の様に、それを読む人間に対しての道徳的教典の役割を持っていたのです。

こうして見てみると、人々はずっと昔から現在に至るまで、観念的信仰対称を社会構成の原点として授けると言う、同じ事を繰り返して来たんだなぁと思いました。
それにしてもアポロン様。
きらきらした太陽神のイメージがあった所為か、さほど気にしていた神様ではなかったのですが、「疫病を司る鼠の王」であり、「冷酷なる断罪者」であり、「死の神」でもあり、「裁定の神」でもあり、何だか格好良くて、ギリシャを訪れた際には、是非ともデルフィーに行ってみたくなりました。

◯旧鼠(きゅうそ)


 旧鼠とは、歳をとった鼠のことをいい、狐や猫などと同様に化ける力を持った鼠で、その体は猫よりも大きく、人の言葉を理解したり、人の娘と契ることもあったと言われている。
現代においては害獣としてのイメージが強い鼠だが、本来天敵であるはずの猫と親しくなり、その猫の死後、母親がわりになって子猫を育てたという伝説も残されており、人間や他の動物に益をもたらしたり、危機を救ったりという逸話も数多い。

 もとより日本においては、あたかも鼠を仇敵のようにみなしていた中国や朝鮮とは違い、かなり寛大な扱いをしていた。
「古事記」では大国主命(大黒天)の窮地を救い、以後常にお供として引き立てられ大切にされている。
大黒天は、もとはインドの神様で暗黒をつかさどる神だったが、中国を経て日本に伝わると台所の守護神となり、左手に鼠袋を持ち、台所に害する鼠を支配する神へと変化した。
また「続日本紀」によれば、当時白鼠は大変珍しく、縁起のよいものとされ、地方からわざわざ宮廷に献上されたと伝えられている。

 鼠にまつわる怪異といえば、その筆頭はやはり「鉄鼠」であろう。
滋賀県大津市にある三井寺(園城寺)に伝わる「頼豪阿闍梨の大鼠」伝説である。
園城寺の高僧頼豪は、白河天皇より皇子誕生の祈祷を求められた。
皇子が誕生すればどんな望みでもかなえると約束をされた頼豪は百日間、粉骨砕身一心不乱に祈祷を続け、一〇七四年(承保元年)に白河天皇は無事皇子を授かった。
喜んだ天皇が頼豪に望みは何かと聞くと、頼豪は園城寺に僧侶に戒を授ける戒壇を建立してほしいと申し出た。
戒壇の建立は頼豪の長年にわたる悲願であった。
ところが、園城寺と対立していた比叡山を中心とする一派からの激しい反対にあい、いかに天皇とはいえ、これにはなすすべがなかった。
憤った頼豪は園城寺の持仏堂にこもり、皇子もろとも魔界に赴くと天皇に告げ、やがて餓死した。
そして、一○七七年(承暦元年)、皇子は早逝してしまう。頼豪の呪いは比叡山へも向けられ、頼豪が餓死する直前、彼の吐く息と共に怨霊が八万四千匹の大鼠となって比叡山へ向かったという。
この大鼠は鉄の牙、石の体を持つ奇怪な生き物で、大鼠は群れを成して比叡山に押し寄せ、山内の経典や仏像をことごとく食い荒らした。
頼豪の怨霊を恐れた比叡山の僧侶たちは、東坂本に宝倉を建て、頼豪を神として祀った。以来、頼豪の祟りはおさまったのだという。

 こうした動物を主人公とする鳥獣伝説は、あらゆる自然物に精霊が宿ると考えられていた古い時代に数多く生まれた。
長い時代の変遷を経て、その伝説の内容は様々に変化を遂げたが、それでも鳥獣伝説には日本人の自然に対する物の見方、考え方が色濃く反映されている。
また、伝説に登場する動物たちは人語をよく理解するが、これは動物が人間と交流できる存在であり、人間と同じような感情を持つという素朴な動物観が根底にある。
同時に、動物に霊力を認める信仰も無視できない。獣性とともに霊力を持つ動物と信じられたからこそ伝説の主人公になりえたのだろう。


子のことわざ

◯大山鳴動して鼠一匹

事前の事ばかり大げさで、実際は大したことない、期待はずれのようなときに使います。
また例えば、「彼のいうことは、いつも?だからあてにしてはいけない」などの用法があります。
私もかって大げさに言われていたことが、蓋を開けて見ると、「なーんだ!」と言う結果を経験したことがあります。
このことわざ、中国からのようですが、実はローマに由来していたのです。
今回はこのことわざと関連する鼠(ねずみ)についての話です。

◯鬼のいぬ間に洗濯

When the cat is away, the mouse will play. 「ちょっと気づまりな人やいやな人のいない間に思う存分くつろぐこと」。
英語は「ネコ」と「ネズミ」を使ってたとえています。

◯窮鼠猫を噛む

「弱いものでも追いつめられると、死にものぐるいになって刃向かってくるので、とてもかないそうもない強い相手でもやっつけることがある」のこと。
「窮鼠ネコを噛む」は中国・前漢時代の書「塩鉄論」の中の文がこのことわざになったものです。

◯ネズミ算式に増える

「加速度的に増えること」のたとえ


子のお話し

◯ライオンに恩返しをしたネズミ

 ライオンがひるねをしていました。
 そこへネズミが来て、ライオンの背中へのぼり、ちょろちょろ走りました。
 ライオンは目をさまし、ネズミをつかまえて食べようとしました。
「お助け下さい。こんなちっぽけなネズミなんておいしくありません。わたしをゆるして下さったら、いつかかならず、あなたのお役に立ちますから」
 ネズミはふるえながら、いっしょうけんめいにたのみました。
 ライオンはネズミがかわいそうになり、だまってはなしてやりました。
 何日かして、ライオンは猟師につかまってしまいました。
 丈夫なロープの首わをつけられて、ライオンは逃げることができません。
(ああ、わたしの人生もこれで終わりだ)
 ライオンがガッカリしていると、あの時のネズミがやってきて、するどい歯でロープをかみ切り、ライオンを助け出してやりました。
「ありがとう。おかげで命びろいをした」
 ライオンはネズミにお礼をいい、それからなかよくくらしました。

 このお話しは、どんなにつよいものでも、ときには弱いものに助けてもらわなければならない事がある。 と、いうことをおしえています。


◯ネコとネズミ

むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

 ある日の事、おじいさんが山の畑で草むしりをしていると、草むらに一匹の子ネコがいました。
「おおっ、可哀想に。腹を空かせとるようじゃな。どれ、一緒に家に帰ろうな」
 山で拾った子ネコを、おじいさんとおばあさんはまるで自分の子どものように大事に育てました。

 ある日の事、納屋(なや→物置)の中で何やら変な音がするのに気がついたネコが、納屋へ入っていきました。

♪それやれ、みがけやみがけ、ネズミのお宝。
♪つゆのしっけをふきとばせ。
♪それやれ、みがけやみがけ、ネズミのお宝。
♪みがいてみがいて、ピッカピカ。

 納屋の床にある小さな穴の中から、ネズミたちの歌う声が聞こえてきます。

 次の日も、ネコは納屋に入ってみました。
 するとキョロキョロと、まわりを見回しているネズミを見つけました。
 ネズミは袋からこぼれた豆を、拾おうとしています。
 そのとたん、ネコはネズミに飛びかかっていきました。
「ひゃ〜っ!」
 おどろいたネズミは、今にも泣きそうな声で言いました。
「お願いです。  どうかわたしを、見逃して下さい。
 わたしたちネズミは、ネズミのお宝をみがかなくてはなりません。  これは、大変な仕事なのです。
 疲れがたまったのか、お母さんが病気で倒れてしまったのです。  それでお母さんに栄養をつけさせようと、豆を探しに出て来たところです。
 お母さんが元気になったら、わたしはあなたに食べられに出てきます。  それまでどうか、待ってください」
「・・・・・・」
 ネコは、ネズミをはなしてやりました。
「ありがとうございます。約束は必ず守りますから」
 子ネズミが穴の中へ帰ってしばらくすると、ネズミたちの前に豆がバラバラと落ちてきました。
 子ネズミが驚いて顔をあげてみると、なんとネコが一粒一粒、豆を穴から落としているのです。
 子ネズミは豆をお母さんに渡すと、ネコの前に出て言いました。
「ネコさん、ありがとう。  これでお母さんも、元気になる事でしょう。  さあ約束通り、わたしを食べて下さい」
 しかしネコは持っていた残りの豆を子ネズミの前に置くと、そのまま納屋から出て行きました。
「ありがとう。ネコさん」
 ネズミの目から、涙がポロリとこぼれました。

 それから何日かたった、ある日の事。
 納屋の方から、
♪チャリン、チャリン と、いう音がします。
 納屋の戸を開けたおじいさんとおばあさんは、目を丸くしました。
「これは、どうした事じゃ?」
 なんと床の穴の中から、小判がどんどんと出てくるのです。
 そして小判のあとから子ネズミ、母ネズミ、ほかのネズミたちも出て来ました。
 子ネズミが小さな頭をペコリと下げると、
「おかげさまで、お母さんの病気もすっかりよくなりました。  本当に、ありがとうございました。
 それとネズミのお宝を、無事にみがき終える事が出来ました。  お礼に少しではございますが、この小判をお受け取りください」
と、山のように積み上げられた小判を指さしました。
「なんと、このお宝をわしらにくれるじゃと」
 それはおじいさんとおばあさんが二人で暮らしていくには、十分すぎるほどのお宝でした。
 こうしておじいさんとおばあさんは、いつまでも何不自由なく元気に暮らす事が出来ました。
 もちろんネコと一緒に、ネズミたちもとても可愛がったという事です。


◯野ネズミと家ネズミ

野ネズミと家ネズミとは、とてもなかよしでした。

 家ネズミは友だちの野ネズミによばれて、ごちそうになりに、いそいそと野へ出かけました。
 ところがオオムギとコムギばかり食べさせられたので、こう言いました。
「これじゃあ、きみ、まるでアリの生活だ。うちへくれば、うまいものがいっぱいあるから、いっしょにきて、なんでもおあがりよ」
 そこで2匹は、すぐさま出かけました。
 そして家ネズミが見せたのは、マメやムギのほかに、ヤシの実や、チーズや、ハチミツや、くだものでした。
 そこで野ネズミはビックリして、家ネズミのくらしをたいそうほめて、身のふしあわせをなげきました。

 さて、いよいよごちそうに手を出そうとしたとき、きゅうに人間が戸をあけました。
 ネズミはおくびょうですから、2匹ともその音におどろいて、壁のわれめに飛び込みました。
 しばらくして、こんどこそごちそうを食べようとしましたが、またべつの人が部屋の中へ入ってきました。
 それを見て、ネズミはまた、穴に飛び込んでかくれました。
 そこで野ネズミは、おなかのすいたことなど忘れて、ためいきをつきながら家ネズミにいいました。
「さようなら。きみは、あぶないめや、こわいめにさんざんあいながら、腹いっぱい食べて、きげんよくそれを味わっているが、わたしはいくらみじめでも、こわいめにあわずに、オオムギやコムギを食べて、のんきにくらしていくよ」

 ビクビクしながらぜいたくするよりは、質素でも、のんびり生きているほうがいいのです。


◯ネズミのよめいり

むかしむかし、ネズミの一家がいました。

 父さんネズミと、母さんネズミと、一人娘のチューコです。
「ねえ、お父さん。そろそろチューコにも、お婿さんを見つけなくてはなりませんね」
「そうだな、チューコは世界一の娘だから、世界一のお婿さんを見つけてやらないとな。ところで世界一強いのは、やっぱりお日様だろうな」
 父さんネズミと母さんネズミは、お日様のところへ行って頼んでみました。
「世界一強いお日様。チューコをお嫁にもらってくれませんか?」
「そりゃうれしいが、雲はわしより強いぞ。わしを隠してしまうからな」
 そこで父さんネズミと母さんネズミは、雲のところへ行ってみました。
「世界一強い雲さん。チューコをお嫁にもらってくれませんか?」
「そりゃうれしいが、風はわしより強いぞ。わしを簡単に吹き飛ばしてしまうからな」
 そこで父さんネズミと母さんネズミは、風のところへ行ってみました。
「世界一強い風さん、チューコをお嫁にもらってくれませんか?」
「そりゃうれしいが、壁はわしより強いぞ。わしがいくら吹いても、わしをはね返してしまうんじゃ」
 そこで父さんネズミと母さんネズミは、壁のところへ行ってみました。
「世界一強い壁さん。チューコをお嫁にもらってくれませんか?」
「そりゃうれしいが、わしよりも強いものがいるぞ。それはネズミじゃ。ネズミにかじられたら、わしもお終いだからな」
「何と! 世界で一番強いのは、わしらネズミだったのか」
 そこでチューコは、めでたくネズミのお嫁さんになりました。


◯ネズミの会議

ある家に、ネズミを捕まえるのがとても上手なネコが一匹いました。
 おかげでネズミたちはいつもビクビク、巣からも出られず、お腹はいつもペコペコでした。

 そこである日、ネズミたちが集まって会議を開きました。
 すると、一匹の若いネズミが言いました。

「ネコの首に鈴をつけましょう。そうすれば、ネコが来るのがすぐにわかるでしょう。♪チリンチリンと音がしたら、さっさと逃げればいいのです」
「賛成」
「賛成」
 みんなは、手を叩いて喜びました。
 その時、一匹の年寄りネズミが言いました。

「それは良い考えだ。だが、誰がネコの首に鈴をつけに行ってくれるのかな?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 とたんに、みんなは黙り込んでしまいました。
 みんなネコを怖がって、鈴をつけに行くネズミは一匹もいなかったのです。

 良い作戦があっても、それを実行出来る人がいなければ、どうにもなりません。。


◯ネズミ経

むかしむかし、ある山の中に、一人のおばあさんが住んでいました。

 おばあさんは大変仏さまを大事にしていましたので、毎日毎晩、仏だんの前で手を合わせましたが、
 お経の言葉を知りません。
 ある時、一人の坊さんがやって来て言いました。
「道に迷って、困っています。どうか一晩、泊めてください」
「ああ、いいですとも」
 おばあさんは坊さんを親切にもてなしましたが、ふと気がついていいました。
「お願いです。どうか、お経の言葉を教えてください」

 ところがこの坊さんはなまけ者で、お経の言葉を知りませんでした。
 でも坊さんのくせにお経を知らないともいえないので、仕方なしに仏だんの前に座ると、なんと言おうかと考えました。
 すると目の前の壁の穴から、ネズミが一匹顔を出しました。
 そこで坊さんは、

「♪ネズミが一匹、顔出したあー」
と、お経の節をつけて言いました。
 すると今度は、二匹のネズミが穴から顔を出したので、

「♪今度は二匹、顔出したあー」
と、坊さんは言いました。
 さて次に何と言おうかなと考えていると、三匹のネズミが穴から顔を出して、こちらを見ています。
 そこで坊さんは、

「♪次には三匹、顔出したあー」
 大きな声で言うと、三匹のネズミはビックリして穴から逃げ出しました。
 そこで、

「♪それからみーんな、逃げ出したあー」
 坊さんはそう言って、チーンと鐘を鳴らして言いました。
「お経は、これでおしまいです。
 少し変わったお経ですが、大変ありがたいお経です。
 毎日、今のように言えばいいのです」
 おばあさんはすっかり喜んで、それから毎朝毎晩、

「♪ネズミが一匹、顔出したあー
♪今度は二匹、顔出したあー
♪次には三匹、顔出したあー
♪それからみーんな、逃げ出したあー」
と、お経をあげました。

 ある晩、三人の泥棒が、こっそりおばあさんの家に忍び込みました。
 ちょうど、おばあさんが仏だんの前でお経をあげている時でした。
「あのばあさん、何をしているのかな?」
 一人の泥棒が、おばあさんの後ろのしょうじからそっと顔を出すと、

「♪ネズミが一匹、顔出したあー」
 おばあさんが、大声で言いました。
「あれっ、おれの事を言ってるのかな?」
「何をブツブツ、言ってるんだい?」
 もう一人の泥棒が、顔を出すと、

「♪今度は二匹、顔出したあー」
 おばあさんが、また大きな声で言いました。
「やっぱり、おれたちの事を言ってるみたいだぞ」
「どれどれ」
 三人目の泥棒が顔を出すと、

「♪次には三匹、顔出したあー」
 また、おばあさんの声がしました。
「うへぇ、あのおばあさん、後ろに目がついているんだ。こわい、こわい」

 三人の泥棒はビックリして、あわてて逃げ出しました。
 そんな事は知らないおばあさんは、また、
「♪それからみーんな、逃げ出したあー」
と、大声で言うと、

 チーンと鐘を鳴らして仏だんに手を合わせました。


◯ネコとネズミ

ある家に、ネズミがたくさんいました。

 ネコがそれを聞きつけて、やってきました。
 そして出てくるネズミを、次から次へと食べました。

 ネズミは出て行ったなかまがみんな食べられたので、穴の奥に逃げこんでかくれていることにしました。
「はて、穴に逃げこまれては手がとどかない。どうしたら、やつらをおびき出せるかな?」
と、ネコは頭をひねって考えました。

「そうだ」
 ネコが考えたのは、天井によじのぼって、つきでた木組みにぶらさがり、死んだまねをすることでした。
 こうして待っていれば、ネズミが出てくると思ったのです。
 しかし、ネズミの中の一匹が穴から首を出して、ぶら下がっているネコを見てこう言いました。
「おい、ネコのダンナ。たとえあんたが革袋にばけたって、おれはそばへはいかないぜ」

 このお話しは、かしこい人というものは、あいてが悪い人だとわかった後は、その人がどんなにうわべをとりつくろってみても、決してだまされないということをたとえています。


◯ネズミのすもう

むかしむかし、あるところに、まずしいけれど、心のやさしいおじいさんとおばあさんがいました。

 ある日のこと、おじいさんがいつものように山へ行くと、
「ハッケヨイ! ノコッタ、ノコッタ」
と、いう声がきこえてきます。
「はて、なんの声だろう?」
 おじいさんがのぞいてみると、二匹のネズミがすもうをとっていました。
「あれは、うちのやせネズミと、金もちの家のふとっちょネズミだ」
 おじいさんの家にすんでいるやせネズミは、力がないため、なんどやっても、ふとっちょネズミにまけてしまいます。

 おじいさんは家にかえると、おばあさんにネズミのすもう話をしました。
「あれじゃあ、かわいそうだ。なんとかして、うちのやせネズミに、かたせてやりたいねえ」
 するとおばあさんが、
「それじゃあ、うちのやせネズミに、おもちを食べさせてやりましょうよ。きっと、力がつきますよ」
「そうじゃ、それがええ」
 おじいさんとおばあさんは、さっそくおもちをついて、やせネズミのすんでいる穴に、ころがしてやりました。

 さて次の日、やせネズミとふとっちょネズミは、またすもうをとりました。
 でも、今日はおじいさんの家のやせネズミが、なんどやっても、すもうにかつのです。
 ふしぎに思ったふとっちょネズミが、やせネズミにたずねました。
「やせネズミくん、どうしてきゅうに、つよくなったんだい?」
 やせネズミは、とくいそうにいいました。
「えへへへっ、じつはね。きのう、おじいさんとおばあさんがおもちをくれたんだ。だから力がつよくなったんだよ」
「いいなあ、ぼくの家はお金持ちだけど、ケチだから、おもちをついてくれないんだ」
「それなら家へおいでよ。おじいさんはきっと、こんやもおもちをついてくれるから、きみにもはんぶん、わけてあげるよ」
「ほんとうに! うれしいなあ」
 それをきいたおじいさんは、二匹分のおもちをネズミの穴に入れてやり、おばあさんは二匹のネズミに小さなまわしをぬってあげました。
 家にかえった二匹のネズミは、おもちとまわしを見つけて大よろこびです。
 よろこんだふとっちょネズミは、おみやげにもってきた小判を、おじいさんとおばあさんにあげたので、おじいさんとおばあさんはお金もちになりました。

 まずしくても、やさしい心をもって、人にしんせつにしてあげれば、いつか、きっと、しあわせがやってきます。


◯ますおとし

むかしは、よく、ますおとしというやり方で、ネズミを取ったものでございます。

 これはますをふせた中にえさを入れ、ふちにつっかい棒をしてネズミが入るようにしておきます。
 ネズミがえさを食べに入ると棒が倒れて、ネズミの上にますがかぶって出られなくなるという仕掛けです。

 ある時、ますおとしに、ネズミが一匹かかりました。
 尾だけが、ますの外に見えております。
「それっ。ネズミが取れた」
と、言うので、家の者がみんな寄ってきました。
「ほほう。太い尻尾だ。この太さなら、さぞ大きなネズミだろう」
と、主が言えば、そばから女房が、
「いいえ。いくら尻尾が太いからといって、ネズミが大きいとはかぎりませんよ。この中のネズミは、小さいですよ」
と、言えば、親父も負けじと、
「いや、大きい」
「いや、小さい」
「いーや、大きい」
「いーや、小さい」
と、大変な言い争いになりました。
 それをきいたネズミが、ますの中から言いました。
「チュウ(中)、チュウ(中)」


◯おむすびコロリン

むかしむかし、木こりのおじいさんは、お昼になったので、切りかぶに腰をかけて、お弁当を食ベることにしました。

「うちのおばあさんがにぎってくれたおむすびは、まったくおいしいからな」
 ひとりごとをいいながら、タケの皮の包みを広げたときです。
 コロリンと、おむすびが一つ地面に落ちて、コロコロと、そばの穴ヘころがりこんでしまいました。
「おやおや、もったいないことをした」
 おじいさんが穴をのぞいてみますと、深い穴の中から、こんな歌が聞こえてきました。

♪おむすびコロリン コロコロリン。
♪コロリンころげて 穴の中。

「ふしぎだなあ。だれが歌っているんだろう?」
 こんなきれいな歌声は、今まで聞いたことがありません。
「どれ、もう一つ」
 おじいさんは、おむすびをもう一つ、穴の中へ落としてみました。
 するとすぐに、歌が返ってきました。

♪おむすびコロリン コロコロリン。
♪コロリンころげて 穴の中。

「これは、おもしろい」
 おじいさんは、すっかりうれしくなって、自分は一つも食ベずに、おむすびをぜんぶ穴へ入れてしまいました。

 つぎの日、おじいさんは、きのうよりももっとたくさんのおむすびをつくってもらって、山へ登っていきました。
 お昼になるのを待って、コロリン、コロリンと、おむすびを穴へ入れてやりました。
 そのたびに、穴の中からは、きのうと同じかわいい歌が聞こえました。
「やれやれ、おむすびがおしまいになってしまった。だけど、もっと聞きたいなあ。・・・そうだ、穴の中へ入って、たのんでみることにしよう」
 おじいさんは、おむすびのようにコロコロころがりながら、穴の中へ入っていきました。
 するとそこには、かぞえきれないほどの、おおぜいのネズミたちがいたのです。
「ようこそ、おじいさん。おいしいおむすびをたくさん、ごちそうさま」
 ネズミたちは、小さな頭をさげて、おじいさんにお礼をいいました。
「さあ、今度はわたしたちが、お礼におもちをついてごちそうしますよ」
 ネズミたちは、うすときねを持ち出してきて、

♪ペッタン ネズミの おもちつき。
♪ペッタン ペッタン 穴の中。

と、歌いながら、もちつきを始めました。
「これはおいしいおもちだ。歌もおもちも、天下一品(てんかいっぴん)」

 おじいさんはごちそうになったうえに、ほしい物をなんでも出してくれるという、打ち出の小づちをおみやげにもらって帰りました。
「おばあさんや、おまえ、なにがほしい?」
と、おじいさんは聞きました。
「そうですねえ。いろいろとほしい物はありますけれど、かわいいあかちゃんがもらえたら、どんなにいいでしょうねえ」
と、おばあさんは答えました。
「よし、やってみよう」
 おじいさんが、小づちをひとふりしただけで、おばあさんのひざの上には、もうあかちゃんがのっていました。
 もちろん、ちゃんとした人間のあかちゃんです。
 おじいさんとおばあさんはあかちゃんを育てながら、仲よく楽しくくらしましたとさ。


◯ハメルンの笛吹

むかしむかし、ハメルンという町に、どこからかかぞえきれないほどのネズミがやってきて、町のあちこちに住みついてしまいました。

 困った町の人たちはネズミとりをしかけたり、毒(どく)のおだんごをばらまいたりしましたが、ネズミはますますふえるばかりです。
「こうなったら、ネコやイヌをたよりにするしかしかたがない」
 そう考えて、どこの家でもネコやイヌを飼(か)うようになりました。
 でもネコもイヌも、ネズミが多すぎて、ネズミをつかまえるどころか、ネズミたちに追いかけられるしまつです。

 そんなある日、一人の男が町へやってきて、こんなことをいいました。
「ネズミは、このわたしが退治してさしあげましょう。ただしその代金として、金貨千枚をちょうだいします」
「おお、願ってもない。千枚どころか、二千枚でもお払いします」
「けっこう。ではさっそく、とりかかるとしますかな」
 男は外へ出ると、手にしていた笛(ふえ)をふきならしはじめました。
 すると、あちこちの家からネズミたちが飛び出して、笛ふきの回りへ集まってきたではありませんか。
 ネズミたちをしたがえた笛ふきは、笛をふきならしながら川のそばまでやってきました。
「どうするつもりだろう?」
 町の人たちが見ていると、笛ふきは川の中へサブサブと入っていきました。
 ネズミたちもあとをおって川へ飛びこむと、そのまま一匹残らずおぼれ死んでしまいました。
「やった! やった!」
「さあ、お祝いだ!」
 町の人たちは大喜びで、歌ったりおどったりしました。
 そこへ、笛ふきがもどってきていいました。
「ごらんのように、ネズミは残らず退治してさしあげました。それでは、金貨千枚をいただくとしましょうか」
「金貨千枚だって?」
 町の人たちは、しぶい顔をしました。
「たかがネズミくらいのことで、金貨千枚とは高すぎるではないか。まあ、十枚くらいは出してやるが」
「さては、約束をやぶるつもりですか。よろしい。それならこちらにも考えがある」
 笛ふきは顔色を変えると、姿を消してしまいました。
「・・・やれやれ。あきらめたか」
 町の人たちは安心して、また歌ったり、おどったりです。
 そのときどこかで、リュウリュウと笛の音がひびきはじめました。
 笛ふきが、町の広場のまん中で笛をふきはじめたのです。
 それといっしょに、あちらこちらの家から子どもたちが集まってきました。
「やや、子どもたちが笛ふきのあとを」
 大あわてで追いかけていくと、山のふもとにあるほら穴のそばへやってきました。
 笛ふきは笛をふきならしながら、ほら穴の奥へはいっていきます。
「わーい、ほら穴だ、ほら穴だ」
 子どもたちも大喜びで、ほら穴の中へはいっていきました。
「おーい、待ってくれ、待ってくれ」
「わしらが悪かった。約束どおり金貨をはらうから、子どもたちを返してくれ」
 町の人たちは、声をかぎりによびかけました。
 でも、もうおそく、岩が一人でに動きはじめたかと思うと、ほら穴の入り口をピッタリとふさいでしまいました。

 こうしてハメルンは、子どもの一人もいない町となってしまったのです。


◯ネズミの名作

むかしむかし、きっちょむさんと言う、とてもゆかいな人がいました。

 このきっちょむさんの村の庄屋さんときたら、大がつくほどの骨董ずきです。
 古くてめずらしいものは、どんなものでも集めて、人がくると見せてはじまんしていました。

 ある日の夕方。
 きっちょむさんが、庄屋さんの家へくると、
「おう、きっちょむさんか。よいところへきてくれた。おまえに見せたいものがある」
「また、骨董ですか?」
「まあ、そんな顔をせんと、とにかく見てくれ。なにぶんにも、天下に二つとない、りっぱな品じゃ」
 そういって、庄屋さんは床の間から、いかにもとくいそうに、黒光りのする小さなほりものを持ってきました。
「庄屋さん。これはネズミのほりもんですね」
「さよう。生きておって、いまにもそこらを走りそうじゃろう。みごとなもんじゃ、左甚五郎(ひだりじんごろう)はだしといわにゃなるまい。こんな名作を持っておるもんは、日本広しといえど、わしひとりじゃろう。ワッハハハハ」
 庄屋さんが、あんまりじまんするので、きっちょむさんは、つい、
「庄屋さん。じつは、こんなネズミのほりもんなら、わたしの家にも名人のほったもんがあります。そのほうが、ずっとようできております」
と、いいました。
 庄屋さんは、じまんの鼻をへしおられたので、すっかりきげんをわるくして、
「おまえなんぞの家に、そんなりっぱなものがあってたまるかい!」
「いいえ、ありますとも。ちゃんとあります」
 きっちょむさんも、こうなったら負けてはいません。
「わたしのは先祖代々の宝で、天下の名作です。庄屋さんのこんなネズミなんか、話になりません」
「なんじゃと! おまえの家などに、そんなものがあってたまるか! もしあるなら、わしに見せてみい。ここヘ持ってきて、見せてみい!」
「はい、あす持ってきますよ」
「きっとだぞ!」
「ええ、きっと持ってきますとも」
 きっちょむさんは家に帰りましたが、きっちょむさんの家には、そんなネズミのほりものなどありません。
「これは、ちょいとこまったな。えーと、どうしようか。・・・待てよ。うん、そうそう。これはうまくいきそうだ」
 ニヤリと笑ったきっちょむさんは、おくの部屋に入ると、障子(しょうじ)をしめきって、なにかを、コツコツきざみはじめました。
 じつは、じぶんでネズミの名作を作ろうというのです。
 夜どおしかかって、朝日が部屋に差し込んできたころ、ようやく完成しました。
「できた。これで、庄屋さんを負かすことができるぞ」
 きっちょむさんは、きざみあげたネズミを風呂敷につつむと、庄屋さんの家まで走っていきました。
「おはようございます、庄屋さん。これがきのう話した、わたしの家の宝ものです。名作です」
と、風呂敷から、いかにもだいじそうに、ほりものをとりだして、
「どうです。このネズミこそ、ほんものそっくりでしょう」
と、ひと晩かかってほりあげたネズミを、庄屋さんのまえにさしだしました。
「・・・? ぶぶぶーっ!」
 庄屋さんは、思わずふきだしました。
「なにを笑いなさる。このネズミにくらベたら、庄屋さんのネズミなんぞは、はずかしゅうてそばヘもよれません。はよう持ってきて、くらベてごらんなされ」
「なんじゃと!」
 庄屋さんは、さっそくじぶんのネズミを持ってきました。
 くらベてみるまでもありません。
 きっちょむさんのネズミは、しろうとの一夜づくり。
 庄屋さんのネズミは、名人の作品です。
 それでもきっちょむさんは、じぶんのネズミのほうがすばらしいと、ほめちぎりました。
「えーい。おまえといくらいいあっても、話にならん。和尚さんにでも、たちあってもらおう」
と、いうので、きっちょむさんは、
「よろしい。たちあってもらいましょう。だけど、ちょっと待ってくださいよ。ネズミを見わけるのなら、寺までいかずとも、ほれ、そこにおるネコのほうがよろしかろう」
「ネコ・・・。なるほど。では、ネコのとびついたほうが勝ちじゃ」
「はい。では、もしわたしのほうにとびついたら、庄屋さんのネズミは、いただきますよ」
「おお、いいとも、いいとも」
と、いうわけで、ふたりのネズミを床の間にならベて、ネコをつれてくると、これはビックリ。
 ネコはいちもくさんに、きっちょむさんのネズミにとびつきます。
「あっ!」
 庄屋さんが、ビックリするひまもありません。
 ネコはネズミをくわえたまま、すばやく庭へとびおりて、どこかへいってしまいました。
「きっちょむの勝ちじゃ! 庄屋さん、やくそくどおり、このネズミはいただきますよ」
 きっちょむさんは、床の間にのこった庄屋さんのネズミをつかむと、家ヘ帰りました。
 そして、庄屋さんのネズミをつくづくとながめて、
「なるほど。こりゃ、りっぱなほりものじゃ。おかげで、家にも宝ものができたわい」
 じつは、きっちょむさんがひと晩かかって作ったネズミは、ネコの大好物のカツオブシでつくったネズミだったのです。


◯ネズミ観音さま

栃木県
むかし、いたずらなねずみがいた。

速く走る馬に憧れて、お地蔵様に「悪さをしないから馬にしてくれ」と願をかける。
35日間、お地蔵様との約束通り悪さもせずにお堂をキレイに掃除したりした。

とうとう満願の日、ねずみはお供えに来た女の子から団子をくすねてしまう。
お地蔵様は願いを叶えてくれるが、顔は馬、他はねずみの格好にかえてしまう。

ねずみは怒りと情けなさにお地蔵さまの背面を一心不乱にがりがり彫り、疲れてねずみは息絶える。
かわいそうに思ったお地蔵さまはねずみをそのまま観音様にかえてやりました。


◯ねずみの予言

静岡県
昔ある小さい村はずれに、おじいさんとおばあさんが住んでいた。

この家にはなぜか、ねずみが大変多かった。おばあさんはねずみ達を忌々しく思っていたが、おじいさんは「ねずみとて命があるもの。またいつかは何かの役に立つかもしれない」といって、気にもかけなかった。

ある年のこと。おじいさんは重い病気で寝込んでしまった。おばあさんがおじいさんに、小豆粥を作ろうと蔵に入ろうとしたとき、ねずみ達の会話が聞こえた。
ねずみ達の言うことには、おじいさんの病には湯の花(温泉地の湯の吹き出し口にできる湯の成分の塊)が効くのだという。

おばあさんは急いで湯の花を取りに行った。
おかげでおじいさんはすっかり元気になった。
おじいさんは「ねずみ達のおかげだ」と、ねずみ達に感謝した。

ある日のこと。今日はねずみ達がやけに静かであることに気が付いたおばあさんが、そっとねずみ達の会話を聞いてみた。
するとねずみ達はこの家を出ていく相談をしていた。
今夜、山火事があるのだという。

この村を取り囲む野火止めの溝(のびどめのみぞ)が、もう少し広ければ、村は助かるのに・・・と、話し合うねずみ達であった。
おばあさんはびっくりして、おじいさんにねずみ達の話していた山火事の話を伝えた。

おじいさんは急いで村人たちを集め、村人たち総出で村を取り囲む野火止めの溝を広げた。
その日はみんな疲れて早くに眠ってしまった。
その明け方のこと、強い風が吹き山火事が起こった。
しかし野火止めの溝を広げたおかげで、村は助かった。

おばあさんはおじいさんに「ねずみ大黒」を作ってほしいと頼んだ。
おじいさんは快くねずみ大黒を作った。
そしてこの村ではねずみ大黒をどこの家でも祀るようになった。

その最初がこのおばあさんだったという。


◯福ねずみ

山口県
むかしある所に、貧しいが正直者の爺さんが住んでおった。

ある年の大晦日の夜、爺さんは来年こそは良い暮らしができるよう神様に祈った。
そうしてその夜、爺さんは夢の中で自分を呼ぶ声を聞いた。
爺さんが声の方に行ってみると、雲の上に真っ白な髭の爺様が待っておった。

白髭の爺様は
「あんたは婆さんが死んでから、台所に残飯を捨てっぱなしにしておるじゃろ、あれをきれいに片づけてドブ掃除してみい。良いことがあるわい。」
と言うたそうな。
爺さんは婆さんが死んでから、後片付けがおっくうで残飯をほったらかしにしておったんじゃと。

夢から覚めた爺さんは、婆さんがおらんことが無性に寂しゅうなったが、早速台所の汚れものを片づけ、ドブ掃除をしたそうな。
掃除が終わって爺さんが足を洗っておると、一匹のねずみが現れた。
ねずみは桶の水に飛び込み、あっという間に真っ白なねずみになった。

爺さんが白ねずみを手拭に包んで抱き上げると、たちまち手拭の中から重ね餅が出てきたそうな。
白ねずみはそれからもずっと爺さんの家に居ついて、正直爺さんの家では良いことばかりが続いた。

ところがこの話を聞いた隣の欲張り爺さんが、無理やり白ねずみを借りてきて、自分の家の神棚に放したそうな。
じゃが、白ねずみは怒って神棚から姿を消してしもうた。
欲張り爺さんは、白ねずみを捕まえようと部屋中に餅をばらまいて罠を仕掛けた。

二、三日たった夜、欲張り爺さんの家に数えきれんほどの白ねずみが現れた。
じゃが、欲張り爺さんが白ねずみを捕まえると、捕まえたとたん、みんな黒ねずみになってしまうのじゃった。
実はな、これはもともと黒ねずみだったのが、粉を被って白ねずみになっていただけじゃったのじゃ。
黒ねずみに囲まれて欲張り爺さんは生きた心地もせんかったそうな。

そうして本当の白ねずみはというと、正直爺さんの家にちゃんと帰っておったそうな。
昔本当におったそうじゃ。福ねずみというてな、白い白いねずみじゃったそうじゃ。


◯絵ねことねずみ

青森県
好きこそ物の上手なれ。好きな絵の道で身を立てた少年の話。

昔、ある所に爺さまと婆さまが住んでいた。
二人には年を取ってから授かった一人息子がおり、二人は息子が早く一人前の大人になるのを何よりも楽しみにしていた。

しかし、二人はもう若くはない。
「自分たちに万が一の事があったら、息子は一人で生きていけるだろうか?」
爺さまと婆さまは息子の将来を案じ、息子を寺子屋で通わせることにした。

ところが息子は、全く読み書きを覚えようとせず、毎日猫の絵ばかりを描いているのだった。
息子が描く猫の絵は、子供が描いたとは思えないほど上手な出来栄えだったが、そんな息子の姿を見ている爺さまと婆さまは心配でならない。

爺さまは息子を叱り、読み書きを覚えるように諭したが、それでも息子は聞く耳を持たない。
怒った爺さまは、とうとう息子に勘当(かんどう)を言い渡した。
爺さまから勘当された息子は、今まで描いたたくさんの猫の絵を背負って家を出て行く。

息子を勘当した爺さまだったが、息子を全く見捨てたという訳ではなかった。
一人で生きていけなければ息子は戻って来るだろうし、もし戻って来なかったら、それは一人前になったという証拠なので、良いことだと思っていたのだ。

さて、家を追い出された息子は村々を転々と渡り歩いた。
やがて日も暮れ、その夜はある村の廃寺に泊まることにした。
一人で心細かった息子は、周りに自分が描いた猫の絵を並べて眠りにつく。

そして夜も更けた頃だった。
何やらガリガリと不気味な音が聞こえ、天井の梁に巨大なネズミが現れたのだ。
恐ろしくなった息子は必至で「南無阿弥陀仏」と念仏を唱える。
するとどうだろう、息子の描いた絵からたくさんの猫が飛出し、大ネズミに襲いかかったのだ。

翌朝起きてみれば、寺の池に昨晩の大ネズミが死んでいる。
これを見て喜んだ村人は、息子にこの寺の住職になってもらいたいと頼む。
実はこの寺、この大ネズミのせいで住職が逃げ出し、長らく廃寺になっていたのだ。

こうして息子は寺の住職として身を立て、その後、爺さまと婆さまも時々息子の寺を訪ねに来たということだ。


◯いたちとねずみの粟畑

新潟県
むかしある所で、いたちの《いたどん》と、ねずみの《ねずどん》が「河原に粟畑をこさえよう」ということになった。

まずは、河原の石をどけて畑の区切りをつくり、土の荒おこしじゃ。
《いたどん》はせっせと働いた。一方、《ねずどん》は石の上に座ったまま、だらだらしておるだけじゃった。
次は、種まきじゃ。しかし、《ねずどん》が楽な鳥の見張り役をさっさとかってでたので、《いたどん》は、また一人で粟の種を畑に播いた。

何日か経つと、粟は芽を出し、どんどん大きくなっていった。
粟を育てるには、肥やしやり、草取り、柵切りと、たくさんの手間がかかるのじゃ。《いたどん》は毎日のように、一緒に粟の世話をしようと《ねずどん》を誘った。じゃが、《ねずどん》はその度に、あちこちが痛いと嘘をついて断るのじゃった。
《いたどん》は文句も言わず、一人で粟の世話を続けた。
一方《ねずどん》は「こういう時は、頭を使うんじゃよ。」と得意そうに怠けておった。

やがて《いたどん》の頑張りで粟は立派に実った。
ところが、刈り入れの前の日の夜、《ねずどん》はこっそりと粟畑に忍びこんで、粟を全部刈り取ってしもうた。
そうして、《ねずどん》は盗んだ粟で粟餅を作り、子供達と一緒に全部食べてしもうたのじゃった。
翌日《いたどん》が粟畑に出かけてみると、粟の穂は綺麗さっぱり盗まれておった。
怒った《いたどん》は、鳥達に盗人を見なかったか訪ねて回った。
しかし、盗人の姿を見た者はおらんかった。

《いたどん》はガッカリして、《ねずどん》の家へ向かった。
「《ねずどん》、申し訳ねえだ。おらウッカリしてて粟をそっくり盗まれちまっただ……。」
《ねずどん》は素知らぬ顔をしておった。
そこへ、《ねずどん》の子供達がころころとやってきて、「昨夜の粟餅美味しかったなぁ。」とまとわりついた。

「さては、粟盗人はお前じゃなぁ!もう勘弁ならん!」
と《いたどん》は口から火を吹かんばかりに怒り、《ねずどん》の歯を一本一本抜いてしもうた。
それでも、《ねずどん》を可哀そうに思った《いたどん》は、最後に前歯を二本だけ残してやったそうな。

ねずみの前歯が二本になったのは、そんな訳じゃそうな。


◯涙で描いたネズミ

雪舟さんものがたり

雪舟さんは、今から約590年ほど前に総社市の赤浜で生まれました。
そして、雪舟さんは、お坊さんになるために、井山(井尻野)の宝福寺に入りました。
雪舟さんは、和尚さんにしかられてばかりでした。
それは、毎日、庭のそうじとか字の勉強をしなければならないのに、すぐ好きな絵を描きはじめるからです。
  和尚さんは、きつくしかってやらねばと、雪舟さんを本堂の柱にくくりつけました。
ところが、和尚さんはお客さんがあったり、お経を読んだりと忙しく雪舟さんのことを忘れていました。
和尚さんは、夕方になって「はっ」と雪舟さんのことを思い出しました。
和尚さんが本堂に行くと、雪舟さんの足元に一匹のネズミがおり、雪舟さんの足の指をかじろうとしていました。
驚いた和尚さんは、「しっ、しっ」と追い払おうとしましたが、ネズミはいっこうに逃げようとしません。
よく見ると、雪舟さんが自分の涙を使って足指で描いたネズミでした。
感心した和尚さんは、雪舟さんに絵を描くことを許しました。

その後、雪舟さんは京都の相国寺へ入り、お坊さんになる修行と絵の勉強をしました。
雪舟さんの腕前は、ぐんぐん上達し、「等楊(とうよう)」という名をもらいました。
47歳のとき、いっそう腕を磨くため、中国に渡りました。
まもなく中国でも「雪舟という絵かきはすごい」という評判になりました。
中国では約2年間を過ごし、中国の寺や人、景色を絵にしています。
中国から帰国した雪舟さんは、日本各地を旅して、多くの絵を描き残しました。
雪舟さんは87歳で亡くなったとされています。

「天橋立図(あまのはしだてず)」は、雪舟さんが晩年に描いたものです。


ネズミのキャラクター

◯ミッキーマウス


◯ピカチュウ

ポケットモンスターに登場する 超人気キャラクター!
西田敦子さんのデザイン。

◯トムとジェリーのジェリー

ウィリアム・ハンナとジョセフ・バーベラが 制作したアニメーションの人気キャラクター!
正しくはJerry Mouse (ジェリー・マウス)。
トムとの追いかけっこは大抵ジェリーが勝利する。

◯ソニック・ザ・ヘッジホッグ

セガのビデオゲームに登場する 人気キャラクター!
青いハリネズミを擬人化したキャラクターであり、 走るスピードは音速を超える。

◯ぐりとぐら

中川李枝子(作)・山脇百合子(絵)による 子供向け絵本「ぐりとぐら」のキャラクター!
双子の野ねずみ
好きなことは「おりょうりすること たべること」

◯14ひきシリーズのねずみたち

いわむらかずおによる絵本「14ひきのシリーズ」 に登場する人気キャラクター!

おとうさん、おかあさん、おじいさん、おばあさん いっくん、にっくん、さっちゃん、よっちゃん
ごうくん、ろっくん、なっちゃん、はっくん、 くんちゃん、とっくん、の14ひき。

◯ハム太郎

河井リツ子さんによる漫画・絵本作品 「とっとこハム太郎」の人気キャラクター!
アニメでの口癖は「なのだ」。
大好きなのはひまわりの種。

◯ねずみ男

水木しげるの漫画「ゲゲゲの鬼太郎」 に登場するキャラクター!
人間と妖怪の間に生まれた半妖怪。

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