酉(とり)

酉 干支の由来

【鳥】
人に時を報せる動物。「とり」は“とりこむ”と言われ、商 売などには縁起の良い干支でもあります。

親切で世話好き

風水では、「鳥は天の遣い」と考えられています。 すなわち、幸福を運んできてくれるラッキーアニマルという わけですね! 特に鶏は、「5つの徳がある」と言われており、 中国では「神聖な鳥」として重用されてきたんですよ。
その5つの徳とは、
「文」…智恵
「武」…身を守るたくましさ
「勇」…戦う勇気
「仁」…仁義(思いやり)
「信」…信頼
中国では、徳は積めば積むほど幸せになれると言われていま す。 鳥にあやかって、私たちも日々の生活の中で徳を積んでいき たいものですね! 方角としては、鳥は「西」を司ります

酉の動物:ニワトリ(鶏)

  • 酉の月:旧暦8月
  • 酉の時刻:日暮れの18時を中心とする約2時間
  • 酉の方角:西
  • 五行:金気
  • 陰陽:陰
  • 意味:果実が成熟の極限に達した状態を表します。

鶏には時代を先取る能力があり、予知能力があるとも言われ ていました。 時を告げる鳥は鶏だけで、そこからそう言われていたそうで す。 人々には時を知らせる貴重な生き物として、重宝がられてい ました。 鶏は規則正しく、毎朝夜明け前に鳴き、人々に朝が来るのを 告げます。 鶏は昼行性で鳥目なので、夜になると目が見えなくなりま す。 そのため、夜になると不安に陥ります。 でも朝になるとその不安は和らぎ、朝になった喜びを伝える ために朝一番に鳴くのだ、とも言われています。 実際は目から光が入りその刺激でホルモンが分泌されて、繁 殖活動が盛んになり、夜明け前に鳴くのだそうです。 昔は当たり前ですが目覚まし時計などありませんでした。 そんな中、毎朝欠かさず夜明け前に鳴く鶏は重宝されたこと でしょう。 夜明け前に起きるというのは今の私たちには多少早起きのよ うに思いますが、『早起きは三文の得』、鶏はそれに役立っていたのでしょうね。

酉は『とりこむ』という言葉に通じ、商売では縁起の良いも のとされていました。 各地の鷲神社では酉の市が行われます。 これは毎年11月の酉の日に行われるお祭りです。 熊手が売られている様子は、毎年テレビのニュースでも見か けます。 ワシが獲物をわしづかみすることからその爪を模したとも言 われ、福や得をかき集める、わしづかみする、と熊手守りは商売繁盛の縁起物とされ有名になりました。 商売を営んでいる家などによく飾られています。 干支ではサルとイヌの間に挟まれています。 これは、12支を決めるために神様の御殿に向かっていた 際、サルとイヌが喧嘩しながら向かっていました。 喧嘩しながらも間に酉が仲介に入り、何とか御殿までたどり 着きました。 そのため、サルとイヌに挟まれているのだそうです。 また、そこから『犬猿の仲』という言葉が生まれました。 それを聞くと『とりこむ』と言うよりも『とりもつ』といっ た感じですよね。 ただ、そういうバランス感覚も商売繁盛には必要かと思いま す。


酉の神様

◯鳩〜ハト  八幡神社(応神天皇)の鳩

「応神天皇の神霊が金色の鳩に変じた」
「宇佐八幡から岩清水八幡に分霊する際に金鳩が出現した」
といった伝説から、鳩が神使とされたと思われる。

【八幡神社について】
全国で4万を越える八幡神社の総本宮は、宇佐神宮(宇佐八幡)(大分県宇佐市大字南宇佐字亀山)である。
「鳩」は八幡神社の神使
宇佐八幡神である応神天皇の神霊は、山頂の巨石から「金色 の鷹」となって出現し、鍛冶の翁、三歳の童子へと変わり、後に「金鳩」に変じたとされる。
また、宇佐八幡から岩清水八幡に分霊する際や、源氏が祈願 した際に金鳩が現れたとされる。
このような伝承から鳩が神使とされたと思われるが、漠然と していてはっきりわからない。
神社の扁額や建物の彫刻、屋根飾りなどにも鳩の姿が入れられている。
しかし、全国に数万の八幡神社があるのに、神使である鳩像のある神社が他の神使に比べて極端に少ないのも特徴である。
(これは、他の神使と異なって、境内などで日頃身近に鳩を 見ることが出来るからではないかと思うが…)

【小川町大塚 八幡神社】
拝殿前の高い石柱の上にある。
建立;昭和2年(1927)10月
埼玉県比企郡小川町大塚
東武東上線 JR八高線小川町駅徒歩20分

【三宅八幡宮】
推古天皇の頃、小野妹子が遣隋使の命を受けて筑紫(九州)に到った時、 病にかかったが宇佐八幡宮に祈願すると治った。 隋に渡ってからも、八幡神に祈願したお陰で種々の危難を免 れることが出来た。
帰朝後、報恩のためこの地に宇佐八幡紳を勧請したのが今日 の「三宅八幡宮」。
建立年:不明
京都市左京区上高野三宅町22
叡山電鉄鞍馬線「八幡前駅」歩5分

【盛岡八幡宮】
盛岡藩、南部氏は清和源氏の末裔で先祖代々八幡大神を氏神 として城内に祀ってきた(鳩森八幡)。
関文11年(1671)第29代重信公が現地に新八幡宮を造営。 以後、一般庶民も参詣できるようになった。
現社殿は平成9年(1997)に造建された丹塗り極彩色彫刻の社殿。
拝殿中央壇上の両脇に、左右一対の鳩の木像が置かれている。 漆塗りの華麗な像で、阿吽の像である。 神殿鳩ともいえる。
   盛岡市八幡町13-1
JR盛岡駅、バス茶畑行き八幡宮前

【金木・八幡宮】
金木には、太宰治の生家で、太宰治記念館となっている「斜 陽館」がある。
八幡宮はそのすぐ傍にある。 鳥居の前にある、左右の石柱の上に、鳩の像がある。 なんと「ほおかむり」をしてもらっている。
津軽地方の冬は長くて厳しい。海峡の突風と雪とが、激しい 「地吹雪」となって何日も続く。 八幡宮境内にある石造の鳩、狛犬、馬も、極寒に晒される。
これをみて、人々は、これらの石像に「さぞや寒かろう」 と、豆絞り(模様)の手拭で「ほおかむり」をしてやっている。 「ほおかむり」はすぐに日除けに役立つ。
青森県五所川原市金木町金木字朝日山492
津軽鉄道「金木駅」下車

【深味・八幡宮】
深味は杉山八兵衛の知行所で、八幡宮は杉山八幡宮とも呼ば れて杉山家先祖代々の武運長久祈願の守護神とされた。
今では、この地区の鎮守となっている。 一対の白鳩像が奉納されている。奉納日の8月15日は例祭日。 境内には、狛犬にほかに、単体の石馬3体も奉納されている。
奉納 平成8年8月15日
青森県北津軽郡板柳町深味字深宮60
JR五能線「板柳駅」下車

【阿万(あま)亀岡八幡神社 祭神:応神天王、比?大 神、神功皇后ほか】
貞観2年(860)に社壇を浜の宮の地に築いて岩清水八幡宮の分 霊を勧請し阿万郷の氏神として奉祀した。
その後、大風波のため社殿は沈没したので岡の上に祀ってい たが、貞永元年(1784) 阿万兼友亀岡山の今の地に社殿を造営し鎌倉の鶴岡八幡宮を参照して亀岡と名付けた。(境内の由緒沿革より)
拝殿前に八幡神の神使のハト像が対である。 左右の石柱状の台石の上に、それぞれ雄雌つがいと思われる 像があるが、雄は羽ばたく姿で希望と力を与えてくれ、雌は阿吽をしている。
奉納の銘はないので建立年は判らないが、阪神淡路大震災(平成7年)後に社殿が再建された時(平成10年代)に置かれたものと思われる。
なお、社名に因んだ亀像も2対ある。
   兵庫県南あわじ市阿万上町387
淡路島、福良から タクシー20分

【室津八幡神社】
拝殿の背後に繋がる本殿の左右に八幡神の神使のハト像がある。
高い台座に載る。 海上安全を願って奉献された。 室津は漁業を生業とする漁師の浜で、神社の前は海である。
明治44年(1911)8月15日建立
兵庫県淡路市室津1860
西浦回り路線バス、室津バス停下車すぐ

【八幡神社(元岩清水八幡宮)】
この八幡神社、元は大安寺の鎮守。
大安寺の僧行教が、 斎衡2年(855)に八幡神を豊前国(大分 県)宇佐八幡宮から大安寺境内に勧請したが、貞観2年(860) に男山(京都府 八幡市)に移座して石清水八幡宮を創建したと伝わる。
このことから、「元石清水八幡宮」とも称されている。 江戸時代後期になると、特に安産に功ありとして子安八幡宮 とも称されていた。
鳩は八幡神の神使だが、本殿前に納められている無数の土製 の鳩は安産祈願のために奉納されたものとのこと。
現在は鳩を奉納しての安産祈願は行われていない。 鳩のある八幡神社は少ない。
この社の無数の鳩には圧倒される。 鳩に囲まれた陶製の狛犬も存在感がある。
奈良県奈良市東九条町字宮ノ森1316
JR奈良駅よりバスで「大安寺」下車徒歩10分


◯鳳凰〜ホウオウ 一光三尊仏像前の鳳凰(ほうおう)

善光寺式阿弥陀三尊仏(一光三尊仏)の石碑の前に鳳凰の一 対が置かれている。
鳳凰は世の中が平和な時代にのみ現れるとされる瑞鳥であ る。

『専修寺京都別院(真宗高田派本山)』
専修寺京都別院は、桜町天皇御勅作の一光三尊仏像を守る。
一光三尊像とは、信州善光寺の秘仏本尊に因むもので、中央 に阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩が一つの光背の中に立つ三尊形式の像をいう。
境内に一光三尊仏石碑があり、この前に一対の鳳凰の像がある。
鳳凰(ほうおう)は、麒麟・霊亀・龍とともに「四霊」と呼 ばれる瑞獣で、鳥のように羽のある生物の長である。
世の中が瑞気に満ちて平和な時代に、聖天子の出現と共に現れるとされる。 鳳は雄、凰は雌をいう。
高さが1m20cmもある、このような繊細な造りの像が、 いくら境内の中とはいえ、何の保護もなく野天に置かれているのは驚きである。
平成10年頃の像とのこと
京都市右京区鳴滝戸山町11-34
 京都駅より市バス宇多野・山越行き、ユースホステル下車


◯熊野の神〜熊野三社

【熊野三社と八咫烏】
八咫烏(ヤタガラス)について
建角身命(タケツノノミコト)が八咫烏となって神武天皇を熊野から大和に導いたとされる。
建角身命は熊野速玉大社の境内に祀られている。 また、京都市左京区の下鴨神社(加茂御祖神社)の祭神としても祀られている。
八咫烏は古代の太陽信仰とも密接な関係があるといわれている。
東から太陽が昇り西に沈むのは、太陽の中で八咫烏が飛び続け、太陽を運んでいるからとか、三本足の烏は太陽の化身だとか、太陽に住んでいるとする神話もある。
中国の神話では、太陽に住む三本足の烏を金鳥とよび日の神とする。 熊野にも「日神信仰」があったともいわれる。

【熊野神と神武天皇と八咫烏】
神日本磐余彦尊(カムヤマトイワレヒコノミコト)(神武天皇)は日向の高千穂を出て、大和平定に向かうが、浪速の浜で進路を阻止されて熊野に転ずる。
熊野から大和へは深く険しい山越えがまっていた。
すると、「ここより奥には荒ぶる神が大勢いる。
今、天照大神から八咫烏が遣わされるから、その先導に従っていくと良い。」と告げられ、そのとおり八咫烏の案内に従っていくと無事に熊野の山を越え て大和に着くことができた。
大和国を平定して、辛酉の年(紀元前660年)に橿原宮で初代天皇として即位したとされる。
(古事記・日本書紀)
この故事から、「熊野三社」(熊野権現)の神使は三本足の 八咫烏とされ、神紋や午王宝印などにも用いられている。
また、八咫烏は道中(交通)安全の守り神として現在でも篤く信仰されている。

◯雉〜キジ 大谷場 氷川神社の雉

雉子(キジ)の氷川さまとよばれる。
参道階段上に、首に注連縄(シメナワ)を巻いた雉像が一対ある。

【大谷場 氷川神社と雉】
主祭神は素盞鳴命(スサノオノミコト)、譽田別命(ホンダ ワケノミコト)
創立年代は不明だが大谷場の鎮守の神として尊敬の篤い古社で、雉子(キジ)の氷川さま とよばれる。
「神使は雉子である」と境内の由緒書にある。
この神社を管理している浦和の調神社へ問い合わせたところ 「かつて、この神社の辺りは畑や野原や雑木林が広がっていて、雉をよく見かけたので、この神社の神使とされたものと思われる。祭神に拘わ る神使ではなく、ここ、大谷場の氷川神社の神使といえる」とのこと。

【大谷場 氷川神社】
参道階段上に、首に注連縄を巻いた一対の雉像。左像は4匹の子連れ。
奉納 皇紀2660年芳志会
平成12年12月(2000)
さいたま市南区南本町1-9-1 JR京浜東北線南浦和駅西口

【雉子(きじ)神社】
雉子神社は「雉子宮(きじのみや)」とも呼ばれる。
神社の本殿の屋根上には、一羽の雉(きじ)が止まっている。
祭神:日本武尊(ヤマトタケルノミコト)、天手力雄 命、大山祇命
雉子神社(雉子宮)について、新編武蔵風土記稿(巻53・荏原郡15)には下記のように記されている。
(前半)文明年中(1469-1487)、当所に1羽の白雉が飛んできて死んだ。そ の夜、村民の夢に甲冑姿の日本武尊が現れて「我を当所に祀れば国家を守護し、村民は安全に暮らせる」と告げて、白雉と化して飛び去った。 そこで村民は、死んだ白雉を埋めて、日本武尊を祀る「大鳥明神」と号す社を建てた。
(後半)江戸時代、徳川三代将軍家光公(1604-1651)が鷹狩りの 折、白雉が当宮に入ったのを追って社前に至った。神社の名前を尋ねられて、村人が「大鳥明神」と答えたところ、家光公は「これからは雉子 宮(きじのみや)と称せ」と命じられた。
上述の新編武蔵風土記によると、家光公が追った白 雉も含めて、この社の白雉は祭神、日本武尊の化身(神使)であり、古事記などの「日本武尊の白鳥伝説」に通じるものと考えられる。
東京都品川区東五反田1-2-33 
山手線「五反田駅」下車歩5分


◯鶏〜ニワトリ 天宇受売命(アメノウズメノミコト)の長鳴鳥(鶏)

「天の岩屋」に隠れた天照大神を外へ迎え出すのに共に大役 を担った、天宇受売命(アメノウズメノミコト)と鶏(ニワトリ)は「ワンセット」とみなされ、さらに、鶏は天宇受売命の神使としても扱われるようになった。 猿田彦命と天宇受売命は夫婦とされ、一緒に祀られることも 多い。
天宇受売命と鶏に関する話は、古事記などの「天の岩屋戸開 き」で知られる。
 天照大神は、弟の須佐之男命があまりに目に余るいたずら をしたので、怒って「天の岩屋」に隠れてしまった。そのため、世の中は闇に閉ざされてしまい災いが溢れた。
困った神々が集まって相談した結果、知恵の神、思兼(金) 神(オモイカネノカミ)から妙案がだされた。
天の岩屋戸の前で、神々が大きな榊(サカキ)に玉飾りや木綿や麻の布切れをつけて捧げ持ち、 常世の長鳴鳥(トコヨノナガナキドリ)、すなわち鶏(にわとり)を集めて鳴かせ、楽器を奏し、御幣を振って祝詞(ノリト)をあげ、これに 合わせて天宇受売命(アメノウズメノミコト)が胸も股も露に、足を踏み鳴らして踊った。
その様に、八百万(ヤオロズ)の神々は声を上げて笑い、はやしたてた。
 あまりの賑やかさに、天照大神が「何事か」と岩屋戸を細く開けて隙間から覗いたとき、大鏡(八咫鏡ヤタノカガミ)を向けて「あなた様より、もっと尊い方が見えたので」と答えると、鏡に映った自分の姿をその神と勘違いして、もっとよく見ようと岩屋戸の隙間を広げた。
 このとき、岩陰に隠れていた天手力男神(アメノタジカラ ノカミ)が戸を力任せに開け放って、天照大神を迎え出し、岩屋戸に注連縄(シメナワ)を張って戻れないようにした。
太陽が戻って、再び闇に閉ざされることは無くなった。 須佐之男命は高天原(タカマガハラ)から追放された。

 この故事から、天宇受売命は「芸能の祖神」とされた。
 また別名「おかめ神」「お多福神」ともよばれる。

【古曾志神社(白髭神社)】
祭神に猿田毘古命(サルタヒコノミコト)と天宇受売命(ア メノウズメノミコト)を祀る。
両神は夫婦とされることから、両神の神使である猿と鶏の石像が 参道階段の左右に対で置かれている。
島根県松江市古曾志町字松尾466
JR松江駅から市バスで「庭園美術館前」下車、歩20分

【白髭神社(鶴岡市山田)】
主祭神に猿田彦命を祀ることから、 その妻子とされる天宇受売命の神使の鶏像も参道に置かれている。
雄鶏と雌鶏で一対になっている。
山形県鶴岡市山田
JR羽越本線「羽前大山駅」下車歩15分
また、社殿内には天宇受売命の別名、「おかめ」「お多福」 の面が奉納されている。

【伊勢神宮 内宮の祭神は天照大御神、外宮の祭神は豊受大御神】
伊勢神宮は、皇祖・天照大御神(アマテラスオオミカミ)を 祀る最高位の神社である。
「鶏」は、天照大御神が隠れた「天の岩屋戸」の前で鳴声をあげて、大神を迎え出し、闇を払い、再び光(太陽)を取り戻す役割を担った。
天照大神の再現を知らせる、鶏のときの声が、暗闇の中で、 はびこっ ていた邪や災いを霧散させることになった。 
主祭神、天照大御神(「神宮」)の神使は「鶏」とされている。 神宮の諸 神事に鶏が登場する。
鶏が、「神鶏」として境内で飼われている。

 20年毎に行われる「神宮」の式年遷宮(シキネンゼングウ)の際に、「鶏鳴三声 (ケイメイサンセイ)」という、遷宮を象徴する儀式がある。
「カケコー」という鶏の鳴き声が三回唱えられ、つづく勅使 の「出御(シュツギョ)」の声とともに、神が新宮に遷(移)られるという。 「天の岩屋戸開き」を彷彿(ホウフツ)とさせる儀式であ る。

【高知大神宮 祭神:天照大御神、豊受大御神、猿田彦大神】
明治維新の政府方針、大教宣布御発布に添って、高知は、明治12年に新たに社殿を建立して、伊勢「神宮」の御分霊を御奉斎した。
高知大神宮は、高知における伊勢信仰の中心神社である。
金色の鳥居を通ってすぐの所に、主祭神、天照(皇)大神の 神使である鶏の石像(雌雄一対)が奉納されている。
平成17年の酉年に建立された。
建立:平成17年正月

【下川・神明宮 主祭神:天照大御神】
神明宮は、天照大御神を祀る、下川地区の邨社(ソン シャ)。 拝殿前に、神使のニワトリの一対が奉納されている。
拝殿前に置かれた対のニワトリにはなかなか出会えない。
石の大輪の中に三つ巴を彫り抜いた(巴太鼓?のような)凝った台座に乗っている。
昭和50年(1975)1月吉日奉納
愛知県岡崎市一色町 字下川21
名鉄名古屋本線「東岡崎」駅より大沼 行きバス「大柳」下車、歩25分


◯尾去沢鉱山にまつわる「光る怪鳥」伝説

光る怪鳥

むかし、南部の国(岩手県及び青森・秋田の一部)、鹿角の 里に尾去村と言うどごがあったど。
この村っこの奥さ大森山としぇる大きだ山っこあって、木っこいっぺえおがってらど。
文明13年(1481)辛丑の年、この山から光るもの出て、近くの村っこの上を飛びまわったど。村の人ど大変おっかながったど。
ひるま、その飛んでいる光る物、はね広げるど左右の長さ十余尋(約20メートル位)もある大きだ鳥だっけど。人どご取って食うばかりの勢いであったど。
口から金色の火、吹き出し、そのなき声、まるで牛ほえでるようで、山々さひびき、山くずれるようだ物すごい音であったど。村の人ど、おっかなくて、生きた気しなかったど。

このばけものみたえんた鳥、ばんげになれば飛びまわって田畑を荒らしてらど。
村っこで山伏をしている慈顕院の別当(神主)が、村の人どと、毎晩、天さ向かって一心におがんでいたど。
「天の日の神様、月の神様、どうか、この恐ろしい大きだ鳥を退治してください。そして人々を安心させてくだい。あるとき、大森山のほうから、あの大きだばけものみたいな鳥、泣いてるようにさけんだり、苦しくて悲しがっているよ うにさけんだりする声、聞こえてきたんだど。
そのあとばけものみたいな鳥、飛んで来なくなったんだど。
村の人ど、不思議に思って鳥の泣き声したほうさ、行ったど。


したば、赤沢川を流れている水、いつもとちがって、朱を流したように赤くなっていたど。
この赤く流れているどご探しに登って行ったど。したば、沢木の流れている黒瀧のどこさ、あの鳥、赤く染まって、うつぶせになって死んでいたど。
皆んなで、この鳥を引っぱり起こして、おそるおそる見たど。
したば、なんと広げたはねの左右の長さ十三尋(約24メートル)もあったど。
頭は大きだ蛇のようで、足はまるで牛の足そっくりであったど。 鳥の毛、赤と白、ぼつぼつと混ざっていて、ところどころさ金の毛と銀の毛、生がっていたど。
背中と首のどこさ四つ五つほど大きだ傷ついてあったど。
腹、さいてみど。したば、胃袋の中さ穀物・魚・虫・鳥・草木なんにも入ってなくて、金・銀・銅・鉛の鉱石いっぺえ入っていたど。
そこで尾去村の村長、じっくりと考えてから、「われは最近、夢の中で白髪の爺さんと会ったが、その時、われに新しい山を掘れと6回も、お告げがあった。
これまで、どこの山を掘れば良いのだか全くわからなく て日時がたってしまっていたが、今、この鳥の胃袋から金・銀・銅・鉛、出てきたのは、これこそ、 この山を掘れと言う神様のお告げに間違いない。」 としぇったど。
そこで、この山のところどころ掘って見たば思ったとおり、四色に光り輝く金・銀・銅・鉛の鉱石がいっぱい出てきたど。


こうしたことで、田郡・横合・赤沢・西道・崎山・勢沢・下夕沢など鉱石が出る山一帯は、大森山からの分かれで、峯つながりの子山なので、この山や沢一帯をまとめて尾去沢とよぶようになったんだと。
このときから御銅山(尾去沢鉱山)が始まったんだと。
村の人どぁ、鳥の体さ大きだ傷ついていたのをどうしてついたか不思議がったど。
一体どんたら強い人が、やっつけてくれたのだべか、神様が 殺してけたのだかと思ったど。
山や谷、探しまわって見たば、大森山のふもとのところさ獅子の頭のようだ大きな石、土の中から出ていたど。
ちょうど、口みたえみ見えるどごさ血いっぱいついていたど。 そこで村人ど、「これは、きっと鳥どごやっつけだのは、この獅子頭の神様石だべ。
ここのどこさ獅子の頭が土の中から出てきたのは、この大森山は獅子の体で、この山さつながっている山々は、この獅子の手足だべ。」 としゃべったど。
ここのどこさ、お堂を建て、そしてあのおっかねかった鳥もこごさ埋め、村の守り神様として、おまつりすることにしたんだと。
この神様を大森山獅子大権現と言ったど。

「大森親山獅子大権現御伝記」 陸中の国 鹿角の伝説より

酉のことわざ

◯鳥囚われて飛ぶことを忘れず

 だれでも自由を求めぬものはないということ
。 かごの中の鳥でもいつかは出て広い自由の天地に飛び立とうとしている。

◯鳥の将に死なんとするその鳴くや哀し

 (とりのまさにしなんとするそのなくやかなし)
 鳥の鳴き声はいつも楽しく聞こえるが、死にかけた時には、その鳴き声が悲しい。

◯鳥の両翼車の両輪

 両方のものが二つあつまらなければできないこと。
 利害関係が非常に密接でお互いに助け合わねばならない間柄をいう。

◯鳥は木を択べども木は鳥を択ばず

 鳥はどのような木にとまろうかと選ぶことができるが、木の方では動くことができず、どの鳥をとまらそうとすることはできない。
 つまり、人には居住の地を選ぶ自由はあるが、地に住む人を好き嫌いする自由はないのである。
 そのように臣には君を選ぶ自由はあるが、君には臣を選ぶ自由がないということ。
 【参考】 これは孔子が孔文子のもとを去る時の言葉である。

◯鳥は古巣に帰る

 すべてのものは故郷を思うということ。

◯鳥鵲の知(ちょうじゃくのち)

 遠い将来のことばかり心配して、わざわいがすぐ近くにあることに気がつかないこと。
 カササギは、風の多い年には風をさけるため、巣を低い枝にかける習性があるといわれるが、そのために卵やひなを人にとられることに気がつかないことから。

◯鳥無き里の蝙蝠(とりなきさとのこうもり)

 鳥がいない村里の蝙蝠は、自分が鳥でないのに威張って飛び回る、ということから、優れた人のいない所で、つまらない者が幅をきかせて威張っていること。
 【参考】 In the country of the blind, the one-eyed man is king.
 【類句】 鼬のなき間の貂誇り

◯越鳥南枝に巣くう(えっちょうなんしにすくう)

 故郷が忘れがたいたとえ。 南方の揚子江の南、越の国から北国に飛んで来た渡り鳥は、故郷を慕って必ず南側の枝を選んで巣を作る。

◯窮鳥懐に入れば猟師も殺さず

 (きゅうちょうふところにいればりょうしもころさず)
 追い詰められて逃げ場を失った鳥が、猟師の懐に飛び込んでくれば、猟師でさえ殺しはしない。
 まして、逃げ場を失った人が来て救いを求めれば、どんな事情があったとしても助けるものである、という意味。

◯雌鳥歌えば家滅ぶ

 妻の勢力が強い家はやがて滅びる。
 【参考】牝鶏の晨す

◯雌鳥勧めて雄鳥時を作る

 (めんどりすすめておんどりときをつくる)
 主人が妻の意見に動かされるたとえ。

◯青い鳥

 幸福はあこがれるような遠い所にあるのではなく、気付かない身近なところにある、という意味。
 メーテルリンク作の童話劇に登場する、チルチル・ミチル兄妹が幸福の象徴である青い鳥を捜し回ったが、 結局わが家に飼っていた鳥が、求めていた青い鳥であることに気がついたという物語による。

◯飛ぶ鳥の献立

 その時になってみなければあてにならないもののたとえ。

◯飛鳥尽きて良弓蔵れ狡兎死して走狗烹らる

 

 (ひちょうつきてりょうきゅうかくれこうとししてそうくにらる)
 空を飛びかける鳥がいなくなれば、用がないからよい弓もしまわれてしまう。
 また悪がしこい兎がいなくなると、今までその猟に用いられていた犬も用がないので煮ころされるということ。
 つまり事ある時にのみ用いられ、事がなくなると忘れられること。
 敵国が滅びた後は、これまで味方のためにつくした功臣も不要視されてころされる。
 役に立つ人も、その用がなくなればかえって罰せられることのたとえ。
 「飛鳥」はとぶとり。「狡兎」はこすいうさぎ。「走狗」は猟犬のこと。

◯立つ鳥跡を濁さず

 水鳥は水を濁さずに飛び立って行くの意で、不名誉な汚点を残したり、残る人に迷惑がかかったりしないようにしてそこを去る、ということ。
 【参考】 「飛ぶ鳥後を濁さず」ともいう。
 【例】 「今月で退職するが、立つ鳥跡を濁さずで、身辺整理をきちんとやるつもりだ」

◯籠の鳥雲を慕う

 かごの中で自由を失っている鳥が、自由な大空を恋い慕う。
 とらわれの身のものが自由の身をうらやみ恋うこと。 また、故郷を恋しく思うことのたとえ。

◯蝙蝠も鳥のうち(こうもりもとりのうち)

 蝙蝠も空を飛ぶことからいえば、鳥の仲間に入れることができる。
 取るに足らぬ人でもやはり人数のうちであるという意味。

◯目渡る鳥

 物事の過ぎ行くことが非常に早いのをたとえていう。

◯傷弓の鳥(しょうきゅうのとり)

 一度、矢傷をうけた鳥は、矢の音にも気を失う。 前の事にこりて、深くおじけついたもののたとえ

◯一石二鳥 (いっせきにちょう)

 石を一つ投げて鳥を二羽打ち落とす、ということから、一つのことをすることによって、同時に二つの利益や成果を得ること。  【参考】 To kill two birds with one stone. の訳語。
 【例】 「歌が聴けて給料ももらえるなんて、音楽好きの私にとって一石二鳥の仕事だ」
 【類句】 一挙両得

◯池魚籠鳥(ちぎょろうちょう)

 池に飼われている魚や、かごの中の鳥。転じて、不自由な身の上。
 「池魚籠鳥に江湖山藪の思いあり」といえば、池の魚やかごの鳥は、大河や湖水、山や沢などの自由の天地にあこがれる。
 宮仕えの者が、田園の閑日月にあこがれるにいう。

◯足下から鳥が立つ

 突然、身近なところに意外な事件が起こるたとえ。
 また、急に思いついたように物事を始めるたとえにもいう。

◯花は根に鳥は故巣に

 

 物事はすべてその本(もと)に帰る、という意味。

◯天に在らば比翼の鳥地に在らば連理の枝

  

 (てんにあらばひよくのとりちにあらばれんりのえだ)
 玄宗と楊貴妃との交情のむつまじいさまをあらわした句で、夫婦の情愛の深いたとえ。
 「比翼の鳥」は、伝説上の鳥で、雌雄各一目・一翼で、いつも一体となって飛ぶというもの。
 また、翼を並べて飛ぶ鳥のこと。転じて、男女の契りの深いことにたとえる。
 「連理の枝」は、一本の木の枝が、他の木の枝と連なって、一本になったもので、男女夫婦の契りのむつまじいのにたとえる。

◯鳶が鷹を生む

 

 平凡な親から傑出した子供が生まれること。
 【参考】 「とび」は「とんび」とも。「瓜の蔓に茄子はならぬ」「蛙の子は蛙」に対する言葉。
 【例】 「鳶が鷹を生んだと言っては失礼だが、彼の息子は一流大学へ行ったそうだ、」

◯鳶の子は鷹にならず

 

とびとたかとは姿も大きさも似ているが、しょせんとびの子はとびで、たかにはならない。
 凡庸の人の子はやはり凡庸で、これを非凡な人物にしてあげようとしても、それは出来ない相談である。

◯鳶に油揚げを攫われる

 (とんびにあぶらあげをさらわれる)
 大切なものを不意に横合いから奪われて茫然(ぼうぜん)としていることのたとえ。

◯鳶も居ずまいから鷹に見える

 

 (とびもいずまいからたかにみえる)
 鳶も威厳をもった態度・動作をしていれば、鷹に見える。
 起居・動作が正しければ、身分が低い者でも身分が高く見える、という意味。

◯朝鳶に蓑を着よ夕鳶に笠をぬげ

 

 (あさとびにみのをきよゆうとびにかさをぬげ )
 朝トビの舞うのは雨、夕方トビの舞うのは晴れのしるし。

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