戌(いぬ)

戌 干支の由来

【犬】
社会性があり、忠実な動物。人との付き合いも古く親しみ深い動物。

勤勉で努力家

「番犬」という言葉があるように、 犬は外敵から家や主人を守ってくれる非常に忠誠心の厚い動物。 風水でも 「犬の鳴き声は邪気を鎮める」「家の中の気を活性化する」 …と言われており、ラッキーアニマルの一種として捉えられています。

風水では、門や玄関には「獅子」を、 裏口には犬を飾るのが一般的です。 そうすることによって、家族を禍から守ってくれるのだそうです。 ただ、南東の方角には犬を置かないほうが良いと言われていますので 犬の置物を置く場合にはその入り口の方角をチェックしておきましょう。 また、多産・安産な犬は、安産祈願の象徴としても知られています。 「戌の日には安全祈願の帯を巻く」というのは有名ですよね。 子供を守ってくれるパワーも強いのだそうですよ。

犬の風水グッズを置く方角としては、西北西が適しています。

戌の動物:犬(イヌ)

  • 戌の月:旧暦9月
  • 戌の時刻:午後8時を中心とする約2時間
  • 戌の方角:西北西よりやや北寄り
  • 五行:土気
  • 陰陽:陽
  • 意味:草木が枯れる状態を表します。

イヌは12支の中で、一番人の傍にいる動物でしょう。 他の動物は、人とは一線を画して付き合ってきました。 イヌも他の動物と同じく様々な役割を担ってきました。 狩猟を行うものや、ヒツジを追い込む牧羊犬、そりなどで荷運びをするイヌ、留守を守る番犬など、人にとってはその従順さから扱いやすかったのでしょう。 しかし他の動物とは違うのは、イヌは賢く、躾もできることから、古くからペットとしても人と共に生きてきたのです。 イヌを飼っていると、家に帰った際に玄関で待っていてくれることが多々あります。 お出迎えしてくれるのです。 帰る直前なら音や嗅覚でわかるのかもしれませんが、いつも帰りの10分前に同じ行動を起こしたりするイヌもいて、主人の帰りを予知しているのでしょうか? 主人の帰宅を予知するイヌは、実に50%もいるのだそうです。 本当に予知能力を持っているのでしょうか? 帰ってくる時間に合わせて、奥さんが料理を始めるのをイヌが見ているのかもしれません。 カエルコールの電話がきて、それからどれぐらいで帰ってくる、というのをイヌも知っている可能性だってあります。 イヌは賢い動物なのですから、そういうことを覚えている可能性もあります。 しかし、それでも本当に予知能力を持っているんじゃないか?と思うときもあります。 それはきっとご主人との絆なのではないでしょうか? イヌは従順ですから、遠くからでもその絆を感じているのでしょう。 そう思うと、寄り道などしないで真っすぐ帰らないといけないですね。 玄関先であなたの帰りを待っててくれているのですから。

イヌは基本的に安産だと言われています。 多くの子を産むわりに出産にかかる時間も短く、子犬たちはすくすくと早く育っていくことから、安産の象徴とされています。 帯祝いという安産を祈る儀式があります。 妊婦が安産を願って岩田帯を腹部につける儀式です。 これは妊娠5ヶ月目に入った戌の日に行います。 やはりそれもイヌが安産なところから来ています。 帯に『犬』『戌』の字を書く習慣もあるのだそうで。 イヌにあやかって安産を祈ります。 そして、元気に生まれ丈夫に育つように。 神社などによっては、安産を願うイヌの石像なども見かけます。 ちなみに、神社で見かける狛犬ですが、あれは正確にはイヌではありません。 あれは獅子やイヌに似た想像上の生き物なのです。 大体どこにも一対ありますが、よく見ると片方は獅子に似ていて、もう一方はイヌに似ています。 本来はイヌに似た方を狛犬と呼んでいたのですが、今では合わせて狛犬と呼ばれるようになりました。 また、仁王像などと同じで片方が阿、片方が吽と口に出しています。 阿吽とは仏教の呪文の一つで、阿は口を開いて最初に出す音、吽は口を閉じて出す最後の音であり、それぞれ宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされています。 向かい合っている狛犬の間には、宇宙の始まりと終わりがあるのです。


戌の神様

◯母と子の狛犬 … 水天宮の「子宝・安産祈願の撫で犬」

水天宮に、母と子の絆と愛情が感じられる狛犬や和犬の像があります。
水天宮の総本社は福岡県久留米市の久留米水天宮。寿永4年(1185)の壇ノ浦の源平合戦で破れて、8歳で入水された安徳天皇、 建礼門院(安徳天皇の母君)、 二位ノ尼(平清盛の妻/安徳天皇の祖母)の御霊を、源氏の目を逃れ九州の久留米付近に落ちのびた、平家の女官、按察使(あぜち)の局伊勢が、小さな祠にお祀りしたのが始まりとされます。

水天宮は、古来、水難除け・災難除けとして、農業、漁業、航海者などの間で信仰され、江戸期になると、特に東京水天宮を筆頭に、子宝(子授け)、安産、子育てにもご利益があるとして人々の信仰を集めてきました。
水天宮の縁日は各月の5日または5の日(5・15・25日)です。しかし、犬のお産は軽いので、「戌の日」に腹帯を巻く習慣が古くからあることから、戌の日に安産祈願に参拝する人も多いとのことです。

下掲の水天宮三社の境内には、子宝・安産祈願に因んで、母子の絆と愛情が感じられる狛犬や和犬像が置かれています。

『東京水天宮』
東京都中央区日本橋蛎殻町2
「子宝いぬ」と名付けられた母子犬の像があります。母犬は鈴で遊ぶ子犬を慈愛に満ちた表情で見守っています。
母子の犬像の回りには十二支の文字が配されていて、「ご自身の干支をなでて、子宝、安産、無事成長をお祈りください」と、案内板にあります。

『杉山神社内・横浜水天宮』
神奈川県横浜市南区南太田2-7-29
この社の狛犬は玉もち(左)、子もち(右)の一対ですが、右の狛犬は、母犬が子犬に乳を与えている様子に彫られています。
この姿から、この授乳狛犬を撫でると、安産で、母乳の出もよく、子育ても順調にできるなどのご利益があるとされています。



◯犬〜イヌ 弘法大師(空海)の和犬

弘法大師(空海)は、和犬に先導されて、高野山の開山を決めた。この和犬は神使ともされる。
大師と密接な関係にある丹生明神、波切不動、成田不動、目黒不動には対になった和犬像がある。
 空海(弘法大師)は 804年、最澄らと共に唐に渡り、唐の都長安の青龍寺で恵果和尚から真言密教を学んだ。
帰国の時、空海は唐から日本に向かって「密教を広めるのに最適の地に落ちよ」と唱えて、 三鈷杵を投げた。

帰国後、その三鈷杵を探して高野山に到った空海は、山中で白黒二匹の犬を連れた狩人に出会い、その犬の先導で、松の木に懸かった三鈷杵を見つけ、「真言密教の地」として高野山開山を決めたとされる。
この時の犬を連れた狩人は、丹生都比売(ニュウツヒメ)神の子である狩場(高野)明神だったという(今昔物語など)。
空海は「金剛峯寺」建立時に、丹生都比売神・狩場明神を地主神として高野山へ勘請した。
 このような故事から、丹生・狩場明神は、空海並びに密教の「護法(守護神)」ともされて、空海や高野山の関連する寺社などにも、その神使の和犬が置かれるようになったと推察される。

ここで紹介する四社には、共通して、首輪をした和犬像がある。
いずれの社も弘法大師と「密接な関係」にあり、これらの和犬は、 「弘法大師・密教の和犬」像ともいえる。

【城山神明社(丹生明神・高野明神系)】

丹生明神の神使は和犬なので、その神使である和犬像が参道に置かれている。
首輪をした和犬である。 嘉永3年(1850)建立。

徳川時代、黒田直純が久留里城の城主となった際に、丹生明神が遷宮され、 現在では城山神明社に合祀されている。
千葉県君津郡久留里久留里城址内 JR内房線木更津駅乗換え久留里線久留里駅下車15分

◆丹生都比売神の子、狩場(高野)明神が和犬と共に弘法大師を案内して高野山開山に至ったとされる。
両神は高野山一帯で、塗料となる丹の原料を採掘する豪族、丹生氏 の氏神だったといわれ、地元の丹生氏が弘法大師を援けて高野山開山を成功させたものと思われる。
この労に報いて、弘法大師は丹生都比売神・狩場(高野)明神を高野山の地主神に勧請したともいえよう。

【高水山常福院龍学寺(波切不動系)】

赤い紐の首輪をし、白(銀)と黒色の鈴をさげた和犬像がある。
この像は、一見、犬のようだが、よく見るとオオカミ像のアバラ骨や牙の表現もある。

常福院は、別名「波切不動」と呼ばれていた。
鎌倉時代の武将畠山重忠の信心篤かったと伝えられる古刹で、 山中とは思えない豪壮な本殿は東京都の重要文化財に指定されている。
東京都青梅市成木7町目高水山 JR青梅線軍畑駅よりハイク2時間

◆波(浪)切不動尊像は、空海(弘法大師)が唐からの帰国途中の船上で猛烈な嵐に遭った時、師の恵果和尚から授かった霊木に自ら 一刀三礼して刻んだ「不動明王」で、尊像に祈願すると大火炎を発し、右手に持つ「利剣」で波を切り裂いて船を安全に導いたとされる。
全国の波(浪)切不動の本山は、高野山南院にある。

【成田山新勝寺 (成田不動)】

太い首輪をした和犬像が釈迦堂の前にある。
高い台座の上で、おおらかにゆったりと座っている。
弘法大師が敬刻開眼した不動明王像を本尊とする。
千葉県成田市成田 JR成田線「成田駅」、京成電鉄「京成成田駅」下車

◆開祖の寛朝大僧正は、「平将門の乱平定」を祈願するため、難波津から成田へ「弘法大師が敬刻開眼した不動尊」を奉持した。
成田の地について、乱平定を祈る不動護摩法を行ったところ、満願の日に平将門が討たれたという。
成田不動は、この「弘法大師の不動明王像」を本尊として、真言密教の護摩法の正系を伝える。

【泰叡山瀧泉寺 (目黒不動尊)】

二重の首輪をした和犬像がある。(他に3対の和犬像もある)
天台宗の寺だが、弘法大師は最澄(伝行大師)とは密教で縁が深い。
東京都目黒区下目黒3-20-26 東急目黒線不動前駅下車 または、渋谷・目黒駅からバス便あり

◆目黒不動は天台宗の寺であり、真言宗の空海(弘法大師)とは宗派が異なるが、天台宗の開祖 最澄とは同じ遣唐船団で唐に渡り、真言/天台を学び、密教を学んで帰国した。
しかし、密教に関しては 空海が上位で、帰国後、当時仏教界の第一人者となった最澄に、密教の結縁灌頂を与えた。

【泉涌寺即成院】

即成院は真言宗泉涌寺派の寺である。
本山の泉涌寺は、寺伝によれば、平安時代に弘法大師によって営まれた草庵を創起とする。
弘法大師は、高野山を真言密教の霊地とし、根本道場とすることを決めたが、その際、大師を高野の地へ案内したのが、山中で出逢った狩場明神の二匹の和犬だったと伝わる。


境内の「御修行・弘法大師」像の前に、大師を高野の地へ案内したとされる、二匹の和犬像が置かれている。
信者からの奉納とのことだが奉納年などの銘などは見当たらない。
京都府京都市東山区泉涌寺山内町28 JR奈良線東福寺駅から徒歩8分

【犬飼山転法輪寺】

犬飼山転法輪寺」の略縁起
弘法大師(空海)は唐から帰朝する時、「真言密教普及の霊地に落ちよ」と願って三鈷杵を日本に向かって投げた。
帰国した大師が、三鈷杵を探して高野山に近いこの地に至った時、白黒二匹の犬を連れた狩場明神に出会った。
二匹の犬の案内で無事に三鈷杵を発見出来た弘法大師は、高野山を「真言密教の地」として開創、根本道場とすることにを決めた。
犬飼山転法輪寺は高野山の麓の五條市犬飼町に建つ社で、弘法大師が犬を連れた狩場明神と出会ったこの地を霊場として建立されたと伝わる。
高野山真言宗の寺で、弘法大師を本尊とする。

境内には、1300年前と推定される明神古墳を背景に、室町時代の作とされる春日造りの明神社二社(平成6年に補修、彩色復元)が左右に並び、丹生明神と狩場明神が祀られている。
両社の前中央には白黒二匹の和犬の像が丹生・狩場明神の神使として置かれている。
奈良県五條市犬飼町124 JR和歌山線大和二見駅歩15分



◯犬〜イヌ 怪物を退治した伝説の犬たち

怪物を退治した伝説の犬たち
 酷似したパターン(内容)の「犬の怪物退治」伝説が山形県などに多く残る。
これらに登場する犬は、いずれも他所から連れてこられ、格闘の末怪物を退治したが、自身も息絶えた。助けられた村人たちによって神社や寺に祀られ、犬像も置かれている。
しかし、これらの犬像は一対で奉納されている場合でも「伝説の主人公」であって、厳密には「神使」とは言いがたい。

【丹波の「めっけ犬」のムジナ退治】

椙尾神社の裏の高舘山に怪物が棲んで田畑を荒らすので、それをなだめるため、村人は毎年祭の日に若い娘を人身御供に差し出す習いになっていた。
祭の日に通りかかった六部(修験者)がこのことを聞いて訝しく思い、怪物の正体を見極めようと椙尾神社に身を潜めて窺った。
すると二匹の怪物が現れ、「このことを丹波のめっけ犬に聞かせるな」と何度かつぶやきながら、娘の身を二つに分けて持ち去った。
これを聞いた六部は、丹波で怪物の恐れる「めっけ犬」を探し出して翌年の祭の日に連れ帰った。
めっけ犬を娘の替りに神社に納ると、めっけ犬と怪物とは血みどろの格闘になった。翌朝村人が神社に行ってみると、正体を現した二匹の年を経た大狢(オオムジナ)が噛み殺されていて、めっけ犬もその傍らで息絶えていた。
村人はめっけ犬を手厚く葬り、椙尾神社と村の守護神とした。 この故事に因んで「大山犬祭」が行われている。

【椙尾(スギオ)神社の「めっけ犬」】

 上述の「めっけ犬」の伝説に基づいて、大山犬祭りでは、子供たちが張子の犬や、人身御供を模した籠を引くという。
めっけ犬は丹波(兵庫県北部)から連れて来られたとされるが、この庄内地方は、丹波から逃れてきた崇峻天王の皇子・蜂子皇子が推古天皇元年に羽黒山を開山するなど、丹波とは古くから強い結びつきがあった。
 なお、丹波の大川神社(舞鶴市)では、大川明神の神使の狼を「遣い狼」としていたとされる。
もしかすると、めっけ犬はこの社の狼だったかもしれない。
椙尾神社
 山形県鶴岡市馬町  JR羽越本線羽前大山駅から北へ25分


【甲斐の三毛犬、四毛犬の大狸退治】

三毛犬、四毛犬の伝説
和銅年間(708〜714)。高安村に、都の役人がやって来ては、年貢の代わりに春と秋に子供(一説には娘)を差し出すように命じ、村人は大変悲しみ困っていた。
ある年、文殊堂帰りの座頭がたまたま宿をとった家が、人身御供を出す家だった。
そこで、役人が「甲斐の国の三毛犬、四毛犬にこのことを知らせるな」と念を押して帰るのを耳にした。
座頭は、甲斐の国に使いをやり、三毛犬と四毛犬を借りてこさせ、いろいろ知恵を授け村を去った。
村人は、役人との酒宴の席を設け、二匹の犬を放った。 大乱闘が鎮まった後の座敷には、大狸が2匹と多数の荒狸が折り重なって死んでいた。
そばには三毛犬、四毛犬も息絶え絶えに横たわっていたが、看護の甲斐もなく死んでしまった。

石段を登り切った「犬の宮」の前に阿吽の和犬像の一対がある。
これが三毛犬と四毛犬


【信濃の霊犬・早太郎(悉平太郎)の老ヒヒ退治】

霊犬早太郎(霊犬悉平太郎)の伝説
遠州磐田の見付に、田畑を荒らさない代わりに、人身御供に娘を強要する怪物がいた。
旅の坊さん(一実坊)は、怪物が「信濃の早太郎」という犬を恐れているのを知って、犬を探し出して駒ヶ根・光前寺から連れ帰り、次の祭りの日に娘の代わりに納めた。
「早太郎」は大乱闘の末、怪物を退治した。 怪物の正体は老狒狒(ヒヒ)だった。
「早太郎」は闘いで傷ついた体で信濃の光前寺までたどり着いたがそこで息絶えた。 「早太郎」は山犬(狼)だったという。
なお、遠州磐田の見付では、霊犬を「早太郎」ではなく「悉平太郎」と呼ぶ。

信州駒ヶ根・光前寺と遠州磐田・矢奈比売神社(見付天神)に祀られ、霊犬の像も建てられている。
  光前寺 長野県駒ヶ根市光前寺147 
矢奈比売(ヤナヒメ)神社(見付天神) 静岡県磐田市見付1,114



◯羽犬伝説

福岡県筑後市に「羽犬塚(はいぬづか)」という地名があり、 JR鹿児島本線の駅名にもなっています。 地名のもととなった羽のある犬とはどんなものか、 その由来は? 興味を惹かれました。 市内の寺(宗岳寺)には400年以上も前からの羽犬塚があり、豊臣秀吉にまつわる羽犬(はいぬ)伝説もあって、まるっきり荒唐無稽の話でもなさそうです。市内のあちこちに羽犬像が建てられ、ご当地キャラクターの役割も担っています。 宗岳寺 福岡県筑後市羽犬塚521

宗岳寺には、境内に羽犬の由来ともされる「羽犬の塚」があります。この羽犬伝説には相反する悪犬伝説と良犬伝説があるとのことです。

【悪犬伝説】

昔この地に羽の生えたどう猛な犬がいたというものです。「羽犬は旅人を襲ったり家畜を食い殺したりして住民から恐れられていた。天正15年(1587)4月、天下統一をめざす豊臣秀吉は薩摩(さつま)の島津氏討伐のため九州に遠征してきたが、この時、羽犬によって行く手を阻まれた。大軍を繰り出しやっとの思いでそれを退治した秀吉は、羽犬の賢さと強さに感心し、この犬のために塚をつくり丁寧に葬った」とのことです。

【良犬伝説】

九州遠征に羽が生えたように跳び回る犬を秀吉が連れて来たというものです。「その犬は、この地で病気にかかり死んでしまった。大変かわいがっていた秀吉は悲しみに暮れ、それを見かねた家来たちは、その犬のために塚をつくり葬った」とのことです。



◯犬〜イヌ 麻呂子親王の鬼退治と白犬

丹後丹波地方には、源頼光の大江山の鬼(酒呑童子)退治伝説と共に、 それ以前の麻呂子親王の鬼退治伝説も各地に残されている。 麻呂子親王は白い犬から献上された鏡のお陰で鬼退治に成功した。 その宝鏡は大虫神社に納められたと伝わる。 神社には鏡を付けた和犬の像が奉納されている。。

【「麻呂子親王の鬼退治と白犬」伝説】

与謝郡河守荘三上山(現在の京都府与謝郡・大江山)に、栄胡、足軽、土熊(土蜘蛛)の三鬼が棲み、朝廷の命に服さず、人々を苦しめていた。
鬼賊征伐を命じられると、用明天皇の第三皇子、麻呂子親王(聖徳太子の異母兄弟)は、自ら薬師如来像を刻み、神徳の加護を祈願したのち、征伐に向かった。

丹後におもむく途中、額に鏡をつけた(一説には、首に鏡を掛けた)白い犬が現れて、親王にその鏡を献上し、鬼賊の住む岩窟までの道案内を申し出た。
これこそ神仏のご加護と感じた麻呂子親王は、喜び勇んで進み、鬼の窟に着くや、栄胡、足軽の二鬼を首尾よく退治することが出来た。
しかし、土熊には逃げられてしまった。親王は、逃げた土熊を追って竹野郡の岩窟に至ったが、土熊の姿はかき消えてしまった。

このとき、白犬から献上された宝鏡を松の枝に掛けたところ、肉眼では見えない土熊の姿が歴然とその鏡に映ったのでこれも退治できた。
鬼賊征伐成功の後、麻呂子親王は、この宝鏡を、三上山(大江山)の麓の大虫神社に納めた。
大虫神社には、この白い犬が付けていた宝鏡が祀られていたが、火災で焼失してしまったという。

【大虫神社(延喜式の名神大社 祭神:大己貴命、太田命、少童命)】

大虫神社には「麻呂子親王の鬼退治伝説」に因んで奉納されたと思われる 二対の和犬(山犬=狼)像がある。
麻呂子親王の鬼退治伝説に因んだ、首に鏡を掛けた阿吽の和犬。 和犬というより、山犬(狼)といったほうがよさそう。

【犬〜イヌ 鷲峰神社・白鳥神社の狆(ちん)】

丹後丹波地方には、源頼光の大江山の鬼(酒呑童子)退治伝説と共に、 それ以前の麻呂子親王の鬼退治伝説も各地に残されている。
麻呂子親王は白い犬から献上された鏡のお陰で鬼退治に成功した。
その宝鏡は大虫神社に納められたと伝わる。 神社には鏡を付けた和犬の像が奉納されている。。

【「麻呂子親王の鬼退治と白犬」伝説】

一般に日本犬(和犬)というと、秋田犬や柴犬などで代表される、吻のとがった顔、三角の立ち耳、巻き尾などを特徴とする犬種(切手右を参照)が先ず頭に浮かぶが、狆(ちん)もまた日本犬とされる。

狆は、厳密な意味で日本古来の犬ではない。
天平4年(732)に朝鮮半島の新羅から聖武天皇に献上された犬を祖先に、日本国内で改良されてきた犬種である。
鼻が詰まっていていて(短吻で)愛嬌のある滑稽な顔、幅広たれ耳、大きく丸い出目、長い毛などを特徴とする。
愛玩犬として珍重され、江戸時代には大奥や上流階級の女性にもてはやされた。
切手に見られるような郷土玩具(土人形)にもされて各地にある。 狆は狛犬にもされた。
江戸期の流行(はやり)を映す変り種狛犬だという。

【鷲峰(じゅうぼう)神社の狆(ちん)】

祭神は大己貴命、素盞鳴命、稲田姫命。
社伝に、「八千戈神(=大己貴命)が白尾の大鷲に乗ってこの山に鎮座したので、 山を鷲峰山といい、神を鷲峰神と称するようになった」とある。

この社に、台座を含め高さ2メートルを超える「狆(ちん)」の石像の一対が奉納されている。 阿吽をして鷲峰山を見上げている。
首輪に大きな鈴をいくつもさげ、立派な胸飾りをつけている。 この像は、広島の三次人形(土人形)の狆によく似ているという。
江戸時代末期にこの地方で活躍した「名石工、川六(尾崎六郎兵衛)」の作である。
江戸時代、狆の犬筥(いぬばこ)は上流階級では嫁入り道具や安産のお守りともされたという。
なお、神社は「狆と特別な縁があって、奉納されたものではない」とのこと。

【白鳥神社の狆】

白鳥神社は、皇子日本武尊が蝦夷征伐のとき布陣したこの地に、第12代景行天皇が亡き尊を偲んで大宮を建立したのが礎とされる。
日本武尊は東夷征伐の帰途、大和を目前にした伊勢で亡くなり、霊は墓から白鳥となって飛び去ったといわれる。

この社の拝殿の前に、「狆」と思われる像が置かれている。 短吻で、幅広たれ耳、大きく丸い出目と狆の特徴を備えている。
高さは60cm位。 奉納は文化4年(1807)4月。
愛玩犬を示す縄の首輪が粋に付けられているが、この結び型が200年間も途切れずに付け替えられてきたのでは、と想像する。
狆が奉納された由縁や経緯は判っていない。 江戸期の変り種狛犬である。しゃれている。
宮城県村田町大字村田字七小路3-3 東北本線大河原駅下車、バス川崎線村田営業所下車



◯神話の中のイヌ

【アヌビス Anubis(仏語:Anubis)】

<主な称号>
死者の魂を導くもの、アシウトの主人、若い犬、いくつもの弓の主人、清めの幕屋の主人 「ネブ=タ=ジェセル」(神聖な土地の主人)、「ケンティ=セフ=ネチェル」(神聖なる小屋の第一のもの)、「テピ=ジュウエフ」(自ら山の上にあるもの)

<主な信仰>
神聖な土地とは墓所、「清めの幕屋」「神聖なる小屋」とはミイラづくりのためのテントのこと。
わんこ何故かひたすら死神と勘違いされている神様だが、エジプト神話における死神的ポジションはセクメト様。
アヌビス神は死者の守護神で、死んだ人間の安らかな眠りと来世をサポートしてくれる。ミイラづくりの神でもある。

母はネフティスとされることもあるが、称号には「ヘザト(ヘサト)女神の息子」というものもある。
他、バステトやハトホルが母親とされることもあり、家系図はわりとどうでもいいらしい。
母がネフティスの場合、父はオシリス。ネフティスと夫セトの間の子でないあたり、家庭事情はお察しください。

ケンティ・アメンティウ(西にいる第一のもの)と呼ばれることもあるが、これはアビュドスの古い犬の神の名前であり、のちにアヌビスがその機能を吸収したものと考えられている。

<死者の守護神として>
アヌビスの色は黒いが、実際にエジプトにいるのは、キンイロジャッカルという、明るい色の毛並みを持つ狼である。
そのため、アヌビスの黒は、実際の犬の色ではなく、大地・闇を映した観念的な色だと考えられている。
アヌビスが死者の守護者とされたのには、墓所にたむろう野犬たちが墓所を守っているように見えたから、もしくはまたは犬の忠誠心から、亡き飼い主につきそう姿が死者を守っているように見えたことが理由ではないか、とされている。

ちなみに、死者を冥界へ直接運搬するのは牛(まれにロバ)の神様であり、アヌビスは死者を運ぶことはしない。
エジプト人にとって、イヌは物を運ぶ動物ではないためだ。図柄的にもイヌが背中に人を乗せる図は存在しない。

アヌビスは死者の魂を裁くオシリスの法廷において、魂をはかる天秤を手にする姿で描かれる。
同僚としては、死者の名簿を手にするトト神、真実の羽根を持つ女神マアト、審判に脱落した死者の心臓を食らう女神アメミット。なかなかこゆい感じである。

<ミイラづくりの神としてせっせとつくります>
アヌビスの妻はインプト(”インプ”の女性型)、娘はケベフトとされている。
それぞれ、遺体の清めや魂鎮めを行う女神たちだ。

アヌビスはミイラ作りの神とされ、死んだオシリス神の遺体(セトにバラバラにされた)を、包帯に包んで形をととのえ、ミイラにしたという。
これがエジプト最初のミイラとなり、それ以降、人々はオシリスにあやかって「死んだらミイラ」にしてもらうことになった。

ミイラづくりのさい、ミイラづくり職人がアヌビス神の仮面をつけて儀式を行ったという説もあるが、仮面は実物として見つかってはいないので定かでは無い。
壁画の中でのミイラづくりシーンは右図のようにアヌビス神自身が行ったように描かれている。

<神話>
・伝説によれば、エジプト史上、最初のミイラとなったオシリスの遺体の防腐処理を行った神ミイラ作りの神。
そのためミイラの守護者、墓所の守り神となった。アヌビスの形容辞として「自ら山の上にいるもの」というものがあるが、これは墓所を見下ろす砂丘の上にいることを指していると推測される。

・セトとホルスの戦いにおいては、常にホルス側。「オシリスの敵を打ち払うもの」でもある。

・トトとコンビで死者の審判を行う。

・人型で描かれることがなく、常に頭が犬(狼)なので、ギリシア人に怪奇な神と見られていた。

・ミイラづくりの神として「聖なる部屋におわすイスデス」と呼びかけられることがある。(例:「生活に疲れた者と魂の会話」)

・イシスと、アヌビスの母親とされるネフティスは姉妹、もしかしたら双子である。
よく似ていたため、酔っ払ったオシリスはイシスと間違えてネフティスと夜を共にしてしまった。
この一夜の過ちでネフティスは身ごもり、ひそかにアヌビスを産み落としたという。
とすれば、ネフティスの生んだアヌビスはホルスより年上ということになり、王位の継承権がある。
実際の人間社会で言えば、第二王妃が長子を生んだような状態なんだけど…
のちのちセトさんがネフティスのことを忘れてしまったのは、このあたりの恨みがあったのか。

【ケルベロス】

ケルベロスは冥府の入り口を守護する番犬である。
ヘーシオドスは『神統記』の中で、50の首を持ち、青銅の声で吠える恐るべき猛犬として描いているが、普通は「三つの頭を持つ犬」というのがケルベロスの一般像であり、文献によって多少の差異はあるが、主に3つ首で、竜の尾と蛇のたてがみを持つ巨大な犬や獅子の姿で描かれる。
またハーデースに対して忠実で、ヘーシオドスは死者の魂が冥界にやって来る場合にはそのまま冥界へ通すが、冥界から逃げ出そうとする亡者は捕らえて貪り食うと述べている。
これが地獄の番犬といわれる由来である。
神話におけるエピソードは多くないが、ヘーラクレースがケルベロスを捕えて地上に連れ出した話は有名である。
この際にケルベロスは太陽の光に驚いて吠え、飛び散った唾液から猛毒植物であるトリカブトが発生したという話も残っている。

3つの頭が交代で眠るが、音楽を聴くと全ての頭が眠ってしまう。
ギリシア神話では、竪琴の名手オルペウスが死んだ恋人エウリュディケーを追って冥界まで行く話があるが、ケルベロスはオルペウスの竪琴によって眠らされている。
また、甘いものが好きで蜂蜜と芥子(小麦とも)の粉を練って焼いた菓子を与えればそれを食べている間に目の前を通過することが出来る。
アイネイアースを連れたクーマイのシビュレーや、ペルセポネーに美を分けて貰いに行ったプシューケーはこの方法でケルベロスをやり過ごした。
その後この菓子はカローンへの渡し賃にもなっている。
ただし、プシューケーが冥界にやってきた際、カローンに渡したのはオボロス銅貨、ケルベロスに食べさせたのは堅パン、シビュレーが食べさせたのは睡眠薬入りの酒に浸したパン(ソップ)だともいわれる。
そして、後にこのことから厄介な相手を懐柔する賄賂の意で「ケルベロスにパンを与える」という言葉が生まれた。
ダンテの『神曲』「地獄篇」では、貪食者の地獄において罪人を引き裂く姿が描かれた。

戌のことわざ

欧米では、犬を非常に大切にする文化が育っており、特に欧州では先進的である。
しかし、昔の欧州では、犬を品種改良して使役犬(軍用犬を含む)として使い捨てていた時代もあったようだ(例:フランドル犬)。
また、アジアでは、犬を食べる食文化の長い伝統を持っている国もあり、それが犬の諺に影響している例も見られる(飛鳥尽きて良弓蔵れ狡兎死して走狗烹らる)。
総じて、昔の犬の生涯のイメージは、世界でも必ずしも良いものではなかったようだ。
例外として、古代エジプトや犬を不浄なものとして嫌うイスラム圏で神聖視されていたサルキ―という犬種が存在している。
また、バーニーズ・マウンテン・ドッグの寿命について、スイスにはこんなことわざがあります。
「生後3年で若犬、3年経ったら良犬、その後3年で老犬になり、それから先は神からの贈り物」

◯犬一代に狸一匹

よいチャンスにはなかなか出会えないたとえ。
犬の一生に狸のような大きな獲物をとるのは一度くらいだ。

◯犬が西向きゃ尾は東

わかりきったこと、当たり前のことをいう場合のたとえ。
 【類句】 雨の降る日は天気が悪い

◯犬に論語

ありがたみのわからないこと。 わけのわからないものにどんなよい教え、立派な道を説いてもいっこうに感じないこと。
【類句】 馬の耳に念仏

◯犬骨折って鷹の餌食

犬が苦労して追い出した獲物を鷹に取られる。
苦労して手に入れかけたものを他人に奪われてしまうたとえ。

◯犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ

犬は三日飼っただけでも、三年間その恩を忘れない。
まして人は恩知らずであってはいけない、という意味。

◯犬も歩けば棒に当たる

犬もうろつき歩くから、棒で打たれるような目に遭うことになる。
じっとしていればよいものを、出しゃばると思いがけない目に遭うという意。
後には、出歩いているうちには、思いがけない幸運にぶつかることもある、という意味にも使われる。

◯犬も朋輩鷹も朋輩

同じ主人に仕える以上、身分に違いはあっても、仲良くしていく義務があるということ。
会社の同僚などについていう語。

◯犬の糞で敵を討つ

卑劣な手段で仕返しをすることをいう。

◯犬兎の争い

両者が争って弱り、第三者に利益をとられること。
犬が兎を追いかけ、山を上ったりしているうちにどちらも疲れて死んだのを、 農夫が自分のものにしたという寓話から。

◯犬馬の心

主君や親のために尽くす忠誠心をいう。

◯犬馬の養い

親を養うのに、犬や牛馬に食物を与えて養うのと同じように、 ただ口腹を満たすだけで敬愛の念のないことをいう。

◯犬馬の歯

自分の年齢をへりくだっていう語。犬や馬のようにむだな年齢を重ねるという意味。
 【参考】 「歯」は「齢」と同じ。

◯犬馬の労

主君または他人のために、力を尽くして奔走すること。 他人に対して自分の労苦をへりくだって言う言葉。
 【参考】 「主人のために犬馬の労を惜しまない」と使う。

◯蜀犬日に吠ゆ

見識の狭い人が賢人のすぐれた言行を怪しみ疑って非難するたとえ。
蜀(しょく)は山地で雨が多いので日を見ることが少なく、たまに太陽を見ると犬が怪しんで吠えたという。

◯一犬虚に吠え万犬これに和す

一匹の犬が何かの影を見てほえると、あたりのたくさんの犬が、その声につられてほえたてる、ということから、 誰かがいい加減なことを言い出すと、多くの人がよく確かめずにそれを言いふらす、ことをいう。
 【参考】 「一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆ」「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」ともいう。

◯捨て犬に握り飯

骨を折るだけで無駄なことのたとえ。 握り飯は犬の好物であるが、捨てた犬にやってもただ急いで食べて逃げて行ってしまうだけである。

◯殿の犬には喰われ損

勢いの強い者やったことは、たとえ道理にはずれていることであっても泣き寝入りするしかない、という

◯飼い犬に手を噛まれる

目をかけていた部下や世話をしてやった相手に裏切られ、思わぬ害を受けること。
 「【例】 「後継者として面倒を見ていたのにライバル会社に移籍するなんて、飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ」」

◯嫁と姑犬と猿

きわめて仲の悪いことをいう。
 【類句】 犬猿の仲

◯吠える犬にけしかける

勢いの強い者に、さらに勢いをそえることのたとえ。

◯吠ゆる犬は打たるる

じゃれつく犬は打たれないが、ほえつく犬は打たれる。
つまり人間でも、したってくる者はかわいがられるが、手向かう者はにくまれるということ。

◯煩悩の犬は追えども去らず

欲望が人につきまとって離れないのを、犬が人にまといつくのにたとえた語。

◯飢えたる犬は棒を恐れず

飢えている犬は人に叩かれることも恐れないで食物に近づくように、 人間も食うためには法をおかすようなこともある。よい政治が必要である、ということ。

◯尾を振る犬は叩かれず

従順な者には、誰もひどいことをしない、という意味。
 【参考】 「尾を振る犬は打たれず」ともいう。
 【類句】 杖の下に回る犬は打てぬ

◯兎を見て犬を放つ

ウサギを見つけてから犬を放して追わせても遅くはない。 失敗してから気がついてやり直しても、決して遅すぎるということはない。
 【参考】 「兎を見て犬をかえりみる未だ晩しとせず」ともいう。

◯闇がりの犬の糞

闇がりでは犬の糞は見えないことから、人の気付かない失敗は知らんふりをする、という意味。

◯噛み合う犬は呼び難し

けんかしている犬はいくら呼んでも来ないように、自分のことで夢中になっている人は、他から何を言われても耳には全く入らないこと。

◯垣堅くして犬入らず

家庭内が正しく治まっていれば、それを乱すようなことは外部から入ってくることはない。

◯所で吠える犬はない

どんな意気地のない者でも自分の縄張りでは強そうに振る舞う、という意味。

◯夫婦喧嘩は犬も食わぬ

夫婦喧嘩は、内輪のつまらない争いで、すぐ仲直りするものだから、 他人がなまじ気を使って仲裁などをするほどのことはない。何でもよく食う犬でさえ、 見向きもしないのだから放っておくほうがよい、という意味。

◯食うだけなら犬でも食う

ただ食って生きているというだけなら、犬だってしている。
それでは人間としての価値がない。

◯杖の下に回る犬は打てぬ

懐いていてすがってくるものには、むごい仕打ちはできない、という意味。
 【類句】 尾を振る犬は叩かれず / 袖の下に回る子は打たれぬ

◯わが門で吠えぬ犬なし

どんなに弱い者でも、自分の屋敷内ではいばるものである。

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